欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

新たな捉え直しと在りたい道のり 自分だけのカリキュラム

抑圧が顔を出しつつ、それでも取り敢えずの水準を維持している日々。ぐっと悪くならずに済めば、それだで十分良い方だ。抜本的には改善されずとも、まずはそれが出来れば良い。それだけでも及第点だ。

問題なのは、神経の高ぶりが持続してしまうこと。そうなってしまう状況を作りがちだ。そこを脱却するしかない。その事を考えるのみ。

そのように陥ってしまうのは、HSPなら致し方ないと思う。まず大切なことは、すべて自分せいではないと思えること。元々ある複雑なセンシティブさと、そこから二次的に生まれた困難がもたらすものであり、ナチュラルな自分とは切り離すべきだ。

そう考えられること。自責的にならず、好ましい認識を作り出すこと。

 

とにかく勉強をするしかない。好ましくなかった選択や、成されるべきだったことを知る。そうした上で、自分自身に対して好ましく接すれば良い。表層の理知的な意識が親となり、コアな反応に対してあやすように接すること。自己再教育だ。そうやって新たな行動様式を生むこと。

今なら解る。勉強すれば解る。今はHSPやHSS、MBTIなどの認知を得ている。それを経験に落とし込み、独自のマニュアルやカリキュラムを作り出すこと。

そしてそれを実生活で学んでいく。そのなかで繰り返し捉え直しをし、気付きを得ていく。

自分へ言い聞かせつつ記していく。

最近は抑圧が無くなってきたと感じていて、このまま右肩上がりで推移するかと思っていた。でも、根底にはネックがあった。奥底の困難な部分は、いつか現れてくる。

再びその原因を知るために捉え直しをしていて、HSPなどの認知と照らし合わせ続けている。

日々少しずつ詳細が見えつつある。問題の根の深さが解ってくると、きついことも見えてくるものの、出口の光も見えつつある。日々忍耐をしつつ、努力すること。努力。

 

目指している日々は、気楽で、元気で、健全で、大丈夫に過ごせる日々。それが叶えば世界がバラ色になる。それくらい掛け替えのないものだろう。それが一番ほしい。それさえあればなんでも出来る。この世界といくらでも太刀打ち出来る。

調子の良い時は、大抵気楽な思考でいられる時だ。その時は不意に現れる。そういうタイミングはあって、特に意識せずに事が進んでいく時がある。今はそこから外れているけれど、夏ごろはそういう時期だった。

新しい病院がとても親切で有難いし、認知を得て変わりつつあるタイミングだった。そこから良い調子が生まれていった。その時は、「何も気にせずとも次第に良くなるのでは?」 といった具合で考えられていた。そういう風に捉えられることが一番良い。

 

これからは、そういった不確かなものではなく、確かな状況の感触を拠り所にしたい。今はその状況を作れずにいて、不安定な揺れ動きのなかにいる、抑圧をしたり、無理をしすぎてしまう。それを抜本的に変えていきたい。

そこに至る道筋は描いているけれど、なかなか叶わない。それを実現しなければ、いつまで経ってもくすぶり続けるだけだ。それを何とかしたい。

未だ拘束衣からは解放されない。悔しい。まだまだ自分の在りたい道へ進めずにいる。

自分にしか創れないカリキュラムは、これまで過ごしてきた時間が生むものだ。およそ十年間の経験から得られるもの。今はまだ、それを創っていく段階だ。

より練り上げないといけないのだろう。夏の期間を終えて、まだまだその局面を終えていないことが解った。それでも、もう少しで完成するはずだろう。もうひと踏ん張りだ。

 

今が正念場だ。今までの苦は、楽の種になるのだろうか。その分岐点にある。これから何かを生むのだろうか。

10年間のカリキュラムを学ぶとなると、そこからまた修練の日々が続いていくだろう。まだまだ忍耐の日々だけれど、やはり苦しみを失くしていきたい。

孤独も劣等感も、焦燥感にも耐えている。でも、苦しみだけは耐えられない。それがある内は、普通に生きていくことが出来ない。

今はその原因を探す時。過去の傷を昇華させる必要がある。それを怠り、かばって歩いてはぼろが出る。それが身体やメンタルに現れ、いつか立ち止まらざるをえなくなる。きちんと生きていく糧を得ること。センシティブさを活かすこと。HSPとして生きていくこと。

1年後や10年後はどうなっているのだろう。生きているのかもわからないけれど、ここまでこの状態で生きてきたなら、このままやっていきたい。せめて、アーロン博士の著書にあるコンセプトを消化するまでは生きたい。そのチャンスが欲しい。自分の力で歩むから、せめてそこへ集中したい。生きていたい。

大きなイベントであり、逃れられない生まれついたもの。それは生き地獄へ導かれたのか、この世界での大きな大きなギフトになるのか。そのどちらだろう。両極端しかない。どちらにするのかは自分次第。

 

また明日。

 

参考書籍 :