欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

夢の暗示とメッセージ 拘束衣から解放されるまで

昨夜、久し振りに怖い夢を見た。歯ぎしりは続いていたけれど、ありありとした夢を見たのは久し振りだった。

きっと普段から感情が抑圧され、無意識の領域に溜まり続けているのだろう。そう改めて思った。

癖になって解らないだけで、やはりありのままの感情は押さえ込まれている。よく考えればそうだ。拭えないものはたくさんある。

 

ありありとした夢でよく現れるものが、「熊」だ。押さえ込まれた感情が具現化される時、それがよく対象になっている。凶暴で恐ろしい熊。それが自分に向かって襲いかかってくる。

夢の中で自分は、森の様な場所に居た。すると目の前に、キツネのような動物が現れた。自分はその動物へ近付こうとする。その時に視界の隅へ目をやると、熊がいた。その熊が突然ジャンプをし、キツネの近くへ飛び込んだ。そして更に、手前の自分の所へも飛んできた。近くに飛び込んだ熊は、身体を大きくさせて威嚇をしてくる。自分は怖くて身体を動かせず、震えて泣いてしまう。

そして夢から醒める。そんな夢だった。

 

恐らくは、人や動物へ触れ合いたいという気持ちがモチーフとなったのだろう。そろそろ人と会いたいのだけれど、表層の意識が怖じ気づき、その気持ちを封じ込めてしまっている。

ありのままの気持ちを遮断していた。 "自分自身の思考"が、熊という恐ろしい象徴として反映されたのだろう。表層の思考が深層の自分に対して襲いかかった。ありのままの自分は動くことが出来ず、怖くて泣いている。それが現れていた。

 

以前にも同じような夢を見ていた。普段から散歩をしている場所の夢だった。そこを歩いていると、その道中に熊が現れた。自分はその熊に遭遇しないように怯え、隠れたりそこを通らないようにしていた。

起きてからその夢を振り返ると、熊は知り合いの家の場所に現れていた。そしてそこは、かつての同級生の家だった。普段の現実の自分は、そこを通る度に同級生と会いたいと思っていた。

でも、その同級生とは会いたくないとも思っていた。表層の会いたくないという気持ちが、本来の願いを押し殺していたのだろう。そうやってありのままの自分は苦しんでいた。

 

今回も同じような構図で、熊によって感情が具体化されていた。熊は自分自身だった。

そう気付いた。以前の夢ではそうだった。新しい夢では、自分から動物へ会いに行こうとしていた。でも、やはり熊という自分が隠れていて、そのプレッシャーが飛び込んできた。

気の抜けた自分を戒めるかのように現れ、自分に覆い被さってくる。そしてすぐに夢は途切れる。リアルな感触の夢だった。

 

夢の変化を読み取ろうとすれば、現実とリンクしたものに思える。HSPの事を知り、少しづつ認識が変わり始め、行動も変わってきた。そのなかで夢のメッセージも捉えられ、更に変化への要素が増えた。

そして今度は違う夢を見た。実際に会いに行きたいという動機を持っていた。そのような夢だった。でも、それはまだ抑圧されている。

これまでの自分は、かつての同級生や学校関係の人をずっと怖がっていた。それは今も潜在的に続いている。

学校に通うなかで、身体や心が周りに追い付かなくなっていった。そして皆の前でパニックになり、えづいて吐きそうになってしまった。それは今思えば、一時的に神経が高ぶっていただけなのだろう。

でも、周りに不快な思いをさせてしまったと思っていた。その頃からどんどん余裕がなくなり、もう教室へは行けなくなった。

周りとは枝分かれをしていくことになり、根底には自責感情がずっとあった。それを関係のあった人たちと重ね、怖くなっていた。

妄想のような認識を作ってしまい、どんどん周りを避けてしまった。それがあり、今ではすっかり疎遠になってしまった。

 

そこから更に辛いことがあったけれど、それを経てHSPについて知り、今がある。ようやくここまで辿り着いた。今からようやくゼロへのスタートだ。振り出しまでの道のりをようやく歩める。

最近は、少しづつ散歩をしてみたりしている。少しづつ体調を整えようとしている。

外の世界へ適応するとなれば、いきなりソーシャルな場を目指すのは大変だ。もっと身近で、個々人同士の結び付きを持ちたい。そういったことが出来る場所へ出ていきたい。病的な水準のなかでの活動だ。

ただ、その場がなかなかない。どうにもない。切っ掛けになるとすれば、昔に関わりがあった人と過ごすくらいだろう。それしか思い付かない。

 

病的な身体のレベルが底上げされれば、次は誰かと過ごすことだ。心の栄養を得ること。心の養生だ。そういう活動をして、プラスのステップを踏んでいきたい。

依然として、身体のリズムには波がある。そのなかで、少しづつ努力することだ。

いつか幸せになれるまで、その時に辿り着けるまで精進。

 

また明日。

 

参考書籍 :