欠乏の不定愁訴ブログ

日々の気付きと過程の記録

ひとときの暖かな夢 醒めた夢と現実での夢

今朝は何だか身体が疲れていた。起きたその時には、既に疲れていた。日頃から頭ばかり使っているからだろうか。

身体のバランスがどこか乱れているのだろう。そう思う。最近は落ち着いている方ではあるけれども、どこか停滞しがちな毎日だ。

隣人が朝から車で出掛けていて、それで目が覚めた。以前はさほど身体に応えず、スルーすることが出来ていたけれど、何だか身体に響いた。

身体が乱れると、すべてが辛くなってしまう。気分も身体のリズムも何もかもだ。好調の感触を手繰り寄せるなかでこうなると、以前の辛い時の感覚が蘇ってくる。

食べられる事が一番の栄養になる。まだまだこれがある。センシティブループにならなければ良い。

 

どこかで身体に無理強いをしているのだろう。別に身体が辛ければ、ずっと布団で横になっていても良い。朝ご飯も軽く済ませば良いのだ。

でも、そうは上手くいかない。体調至上思考。自分のセンシティブさと密接に関わっているため、それが無理のしすぎへと繋がってしまう。

 

気楽に生きていれば良いのに、それがどうにも叶わない。他人軸と自分軸だ。ナチュラルな反応の自分と、人を喜ばせたい自分が混在している。

相手にとって良い事かどうかで行動してしまう。その葛藤の狭間で、ありのままの感情は取り残されている。元気になってほしいと願う親と、同じく元気になって世界と対峙していきたい自分。何の因果でこうなったのだろう。

やはり、普段からフラストレーションがある。それにより、気楽に考えられない。どうしても無理をしがちだ。体調にまつわる感覚と、過去の痛手がリンクしてしまう。すると抑圧に陥り、踏ん張ろうとしてしまう。どうにも辛い。

 

夏頃は、何の気なしにリズムがつくられていた。でも、そこから局面は変わりつつある。どこか停滞している。祖母の家に避暑通いするしか出来事はなかったけれど、それだけでも好調だった。すぐお腹が減っていたのだった。

HSSの欲求が満たされていたのか何なのか、それはよく解らない。でも、とても良い時があった。そういう時は過去にもたくさんある。最近はよくそう振り返っている。「あの頃は、なぜ何も意識せずに好調でいられたのか?」と。

今日は落ち着くまで時間がかかる。お腹一杯になれるまで。

車の音に起こされるまでに、夢を見ていた。懐かしくて心が暖まるような夢だった。同級生が現れ、少人数で過ごした。たまにこういう夢がある。ちゃんと人に会って、話して、照れて、温かく迎えてもらえる夢。二人が現れて、触れあったり、じゃれたりしていた。

自分がいつも散歩していた所を歩いていると、女の子がいた。すぐに誰かが分かった。向こうから話しかけてくれて、歩きながら喋った。そこにもう一人が現れて、三人で歩くことになった。

そこでの時間は、穏やかでかけがえのないように思えた。自分の家が近づいてくると、自分が別れを告げた。そして夢が終わる。

 

皆の残像は、小さな背丈だった。自分も同じように小さかった。もう皆とは何年も遮ったままだ。気が付けば僕は一人だ。皆はすっかり大人になっているのに、自分は何も伴っていない。手のひらには何もない。小学校の時から変わっていないよ。時が止まったまま。取り残されたまま。

十年前から時が進まないままだ。何の原因があったのか解らないけれど、学校に行けなくなった。そこから滅茶苦茶な遠回りをしてしまった。不登校学級では自分を制御出来ず、半ば暴れてしまった。

入院する事になっても、誰も自分の事を理解することが出来なかった。知能検査、発達障害の診断、療育手帳の勧め、そして体調至上呪縛。ようやく収拾がついたかと思ってフリースクールに通い出しても、またなんだか苦しくなってしまった。次第に行けなくなった。

そして身体が先細っていき、限界の限界の際の中で、やっとアーロン博士の本に出会った。これだった。これだったよ。

いつかやはり報われたい。その気持ちがあるからこそ、辛くても頑張っていられる。そうやって今までやってきた。中途半端で終わりたくはない。

いつかは在りたいところへ辿り着きたい。そんな別の夢を、僕は見ているのです。 

 

また明日。

 

参考文献: