欠乏の不定愁訴ブログ

日々の気付きと過程の記録

在りたい所へ辿る道 自分が生んだカリキュラム

昨日は何故か体調が悪かった。体調と言っても具合はそこまで悪くなく、胃が辛かっただけだった。でも、胃袋の調子だけでも一日に大きな影響を与える。それは侮れない。

とはいえ、時の運で身体のリズムは乱れるため、何気ない事ではあった。でも、それは自分にとって大きな出来事だ。明けて今日は楽になっている。

 

以前は少しでも悪い塩梅に傾いた際に、すぐ悪循環にはまっていった。身体にまつわる感覚が途端に押し寄せ、不安の大波に覆われる時がある。自分の困難を生むセンシティブさが、鋭く内側の感覚を拾い尽くしていく日。そうなってしまえば、瞬く間に抑圧をしてしまう。

「早く良くしなければ」

過去のトラウマと苦しみがよぎり、同じようにならないために頑張ってしまう。何とかするための抑圧であり、プレッシャーだ。極端な苦しみがあった。なかば破壊的な接し方があった。

 

今回は悪循環には陥らず、何とか脱することが出来ていたと思う。

過去の自分の教訓が蘇った。ここに記したことで頭に刻まれた認知。捉え直しによる自分なりのマニュアル。状態にある原因。成るべくして成りに辿る道筋。それが解っていた。

ゆっくり焦らず、内なる声の赴くままに歩みを進めること。それが少し出来ていたと思う。

このブログが殆ど見られていなくとも、その過程には意義があった。フィードバックをし続けることだ。得られた知識から結果を検証し続ける過程。日々の些細なつまずきからも、そこに何かを見出だすこと。

その歩みに自分だけの価値はある。生活の糧とは程遠い産物だけれど、純な本当に必要なものに繋がっていくかもしれない。苦の種が楽の実を生むかもしれない。

一番のかけがえのない作業がここにある。あると信じよう。自分がそれを受け止めることだ。それが良い。それで良い。いつか何かになるのかもしれない。

日々を生きている。

 

また明日。

 

参考文献: