欠乏の不定愁訴ブログ

日々の気付きと過程の記録

何気ない季節の風情 回想と進展

今日は晴れ。気持ちの良い青空が広がっている。色付いた木々と澄んだ空気。桃色の光と青。空気が美味しい。少し前と比べると、空気の匂いに差を感じる。秋の匂いがしてくる。

終わり際の秋。美しい晩秋だ。命の終焉の頃。

最近は散歩へ出掛けている。ちょっとずつリズムを作ろうとしている。籠って養生するのは大事だけれど、調子が良ければ外へ出たくなる。そう思えるのであれば、そうすべきなのだ。それが出来る頃になっている。それをしない方が身体の不調を招く。

 

今年の初めはかなり辛かった。そこから段々と変わりつつあって、今でも全快とは言い難いけれど、十分良くなっている。

今年の初めは体調の限界の際にいた。そこから限界へと近付くなかで、家族とぶつかりつつもきちんと向き合い、話し合いをした。そうしてようやくHSPの認知にたどり着いた。

ぎりぎりで転換点を迎えた。そのタイミングが少しでもずれていれば、どうにかなっていたのかもしれない。それくらいの意識でいた。

 

何年間も辛かった中で、ようやく辿り着いた一つの地点。いま思えば、もう少し早く知ることが出来たら良かったと思う。そうだったのなら、苦しみは少なかったかもしれない。そう思ったりもする。

でも、自分で答えを探さなければならなかったのだ。そうしないと救われない。それを自分でしたため、そこで少しは天に助けられたのだろう。自分で自分を助けるべきだったのだ。そしてそれを家族に伝えようとした自分。

いつか幸せに成りたいと願っていた自分。諦めなかったから何とかなっていたと思う。

 

それまでは、病院へ罹っても適切な診断をして貰えなかった。恥ずかしかったし、辛くて堪らなかった。自分で何とかしようと思っても、何とも出来なかった。身体は痩せてみすぼらしいし、周りとは過剰に違っていた。

自分だけが取り残されていた。それに呪縛もあり、狂っているようで仕方がなかった。もう、半ば諦めつつあった。

一度親に、「死にたくなったら教えてくれ」と言われたことがある。通院帰りの車の中でのこと。そこまで陥った時があった。その時のことは、あまり覚えていない。思い出すことが少なかったのか、あるいは強い刺激によって脳の細胞が死んだのか、それはよく解らない。

 

今まで何度も諦めかけたけれど、自然と生かされたのか、ここまでやってきた。良くも悪くも、曲がり角ばかりの道を歩んできた。

病院は辛かった。行って辛く、診断も涙が出るようなことばっかりだった。それを端で親は見ていた。自分は、きつい態度を表現しすぎていたと思う。

想像しても二人の気持ちは解らない。でも、いま思えば申し訳なかった。そばで見ていて辛かったと思う。実際にそういうことを伝えられたことがある。今年のHSPの気付きを得る前のことだ。

 

その後に病院を変え、そこからも転換点になっていった。今はようやく、マイナスをゼロにする段階へ進んでいる。捉え直しのなかでマニュアルを生み出し、それを学んでいく。細かなマイナスをプラスにしていく段階だ。

ただ、それがどうにも難しい。苦しみの 九十%位がこの段階に詰まっていると思う。ここでの結果が人生を左右する。良くも悪くも、両極端な人生の岐路に立っている。

その取り組みの成否は分からないけれど、人生規模でネックは続いていくのだろう。そのなかで、今はそのネックとがっちり組み合う時。ある程度の基盤を構築できなければ、まともに進んでいくことなど出来ない。

それは今に向き合うべきだ。ここさえクリアできれば、基礎が色々な糧になり、人生の大事な素質になっていくと思う。苦しみがなかった頃には得られない人生を得られる。人生の時間を回収できる。

そう信じている。その気持ちが真にあれば、報われるその日に繋がっていくのだろう。きっとそうだ。そう信じたいし、そう信じるしかない。そうやって励むしかない。

少し散歩へ出るぐらいの日々。それしかやることははない。微妙な毎日が続く。HSSの意欲もあるし、何かプラスになるようなエッセンスを垂らさなければならない。何とか工夫をしたいけれど、どうにも難しい。

身体を順調に進ませること。その内的な仕事に進捗を見いだしたい。それを感じられるのならば、生活のやる気も出てくるだろう。勉強も、読書も、対外活動も。

 

自立自活は大変だ。今は考えても仕方ないけれど、それは思う。何かの役に立ちたいけれど、何かの技術があるわけでもない。難しい。

でも、社会の一部になりたい。そうやって存続を確かにしたい。

自分の何かの価値が高まれば、何かを生み出す切っ掛けになるかもしれない。でも、それはそうそう出来ることじゃない。

直接だれかの役に立つものは、この手の平にはない。技術がある、とか、これをすれば人を喜ばせられる、とか、それらが自分には何もない。甘くない。

大切なのは、目の前の一日のやるべきことだろう。すべてはそこからだ。内なる声はどこへ向かっている? 人の居る所へ。

 

また明日。

 

参考書籍: