欠乏の不定愁訴ブログ

日々の気付きと過程の記録

地道な内的作業 日々の糧を得られる日

今日は雨が降っている。白くもやがかった空。窓から覗く辺りの景色。カーテンを閉じた薄暗い部屋と、柔らかい照明の光。ストーブ小さな音と、巣籠もりの自分。

今日は活動のトーンが下がる日。少し気分も下降していく。最近は外へも出ていたし、アグレッシブにいられた方だった。それが続いていたのだし、今日はバランスを取る日でもある。何もしない日も大切だ。

やはり晴れてほしい。晴れは魔法だ。街や辺りの景色、家の中も光で色付く。匂いもつき、命に色が付く。それが美しく思える。天気の良い日が好きだ。

晴耕雨読の日を憧れている。センシティブパーソンであれば、たまに思うことではないだろうか。晴れの日は外へ出て活動する。日の光を浴びて身体を動かし、人と過ごしたりする。そうやって日々を営む。

そのなかで雨の日は、静寂の中で一日を始める。豊かな内的世界を広げ、文化的に費やす。読書をしたり、自分の部屋で内的なことをしたりする。インプットやアウトプットをして、家の中で穏やかに過ごす。

そんな日を送れたら良い。それをいつか創れたら良い。理想は理想として思い巡らせよう。

田舎で畑や田んぼを耕す以外にも、何かの作業に置き換えられると思う。自活のためのものや、日々のライフワークは生活の中心にある。普段は生活の糧を生み、そのなかで内的な時間を作って過ごす。それが都会版の晴耕雨読

 

エレイン・N・アーロン博士が仰っていた言葉がある。

わざわざ余計なストレスや神経の高ぶりを引き起こす仕事をしなくてもいいはずだ。世の中には、その仕事をあなたよりも楽しみ、もっと上手にできる人がいるからだ。無理に長時間働かなくてもいいはずだ。実際あなたの任務は、「もっと時間の短い仕事をすること」なのだから。「自分が健康で快適であること」が他人を助ける第一条件であること。頭に入れておこう。

エレイン・N・アーロン著  富田香里訳 『ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。』262ページ

情熱に導かれる最前線に立つのではなく、後ろから余裕を持って頭をひねる。社会に見えない栄養を与えること。前線はタフネスパーソンにお願いしよう。そのぶん自分達は、後方で出来ることをやる。

自分の健康を第一に考えること。それを中心に生きても良いのですか?アーロンさん。

 

他にも同じ書籍の中に、非HSPの二倍のHSPが、自分のことを「主婦(主夫)」だとか「フルタイム子育て屋」などと呼んでいたそうだ。そのように記されている。

それは理に叶っていることだと思う。心の知能指数が高いタイプは、こういう方向で活躍すれば良い。

ただ、一般的な作業にありつくのは難しいのだろうか。人の心に触れること。まとめて伝えること。喜びに従うこと。何があるのだろうか。

 

今は自分の健康を第一に考えられる時。でも、病を全快させるのは難しい。他のことを考えずに取り組めるけれど、なかなか成果はない。

そんな日々が続き、何かの作業に励もうと文を記しているけれど、成果には乏しい。常に宙ぶらりんな毎日だ。

免罪符がほしい。それは生産と呼ばれるようなものだろう。毎日が他の人と違っていても、活動の指標があれば拠り所になる。お金を稼ぐことだ。そうやって自信を持って生活を営めたら、もうフリーだ。身体が痩せっぽちでも、学が無くとも、結局楽をしていていると思われても、大きな立脚点であり、免罪符になる。自分が揺れ動かない大きな基軸。それがあれば良い。

 

そんなことを思い、自分なりに積み上げているけれど、甘くない。どうにも難しい。

そんな日々に辿り着くためには、まず内的な仕事をこなすことだ。傷を癒すこと。自分における全快を目指し、自分が快適であることを目指す。それが一番。

積み上げること。努力努力。

 

また明日。

 

参考文献: