欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

上向いた身体に必要な養生 全てが噛み合う時

今日は気分の良い日。夕べからのリズムが整っていたため、明けた今日は好調だ。こんな日は、ごくたまにある。一ヶ月に数日あるような日。

前日の食事から始まって、睡眠、朝食、便通、これらの要素が噛み合っている。これがあれば好調でいられる。それはなかなかないことだ。

夕べはよく眠れた方だったし、夕食も無理して食べるということはなかった。それがあり、朝ごはんも気持ち良く食べられた。そしてお腹を下すこともなく、活動の時間へと進んだ。良いリズムがあった。

こういう日が続いていけば、辺りの全てが美しく見える。元気が一番だ。それさえあれば良い。それがあれば何でも出来る。全ての感触を丹念に味わうことが出来る。幸福を噛み締められる。その状態を創っていきたい。

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刺激を受けやすいということは、豊かさをもたらすものでもある。ただ、そのぶん難儀なことももたらす。そのなかでしっかりと対策を取り、折り合いも付けて快適に過ごすこと。それが良い。それに努めることだ。

今はそれを整える時。容易には動かせないことがあるけれど、それに正面から取り組むべきだ。環境や対人関係のことで折り合いを付け、心のメンテナンスをしなければならない。

 

いつかは変わるでしょう。自分が求めれば切っ掛けは生まれる。そう思おう。

体重が少し増え、そこからその水準を維持しつつある。食事量のストレスや、センシティブさの緩和はもたらされいるはずだ。かつてと比べれば改善されていると思う。そういった感触があるため、前述の過程による一つの結果と思っている。

体重に増減に関してはシンプルで、消費量を上回る摂取量が必要なだけだ。それがなければ太らない。それがある。

今の自分は、まだまだそこが足りない。でも、少しは上向きつつある。無理のしすぎは大分改善されていて、病的な精神状態から抜け出しつつある。神経が尖りすぎる状態も、今はあまりない。それがまず大きいことだと思う。

そして、そこから安定した心持ちで食事を摂ること。それがあればリラックスが出来る。今はそれが完了しつつあると思える。


今の局面は、環境を整えて刺激を感受しすぎないようにする時。神経を高ぶらせないこと。そして心の養生をすることが大切だ。

内と外のバランスを取ること。こもり過ぎず、外へ出る。それがありつつも、かといって活動しすぎないこと。そのなかで必要な心の養分を得る。

センシティブさは収まっても、抑圧のトリガーはある。それを収めることは必要だ。感情や、雑多な刺激を受け付け過ぎないようにすること。そしてそのことをクリアし、穏やかな心で活動すること。それが出来るようになれば、心にも栄養が与えられるだろう。

それが大事だ。そうやって土台を造り、確かにする期間が今だ。ストレスに対処し、センシティブさを緩めて抑圧を防ぐ。

個人で完結する内的な作業も大切だけれど、それが完了しつつあれば、それを強固にすること。そのために外へ出ること。これが内と外のバランスになる。心の養生だ。

 

1人になることと、人と会うこと。遊ぶことと、休むこと。外へ出ることと、内で過ごすこと。

家でゆっくり過ごしすぎても、それはフラストレーションを生む。それは看過できない内側の刺激となる。フラストレーションからくる刺激により、抑圧をしがちになる。ここへ至らないために、心へ養分を与えること。

それが満たされていけば、身体の状態も上向いていくだろう。そうなると、胃腸も上向いてキャパシティが増えるはず。快適に食事を摂って上向けば、身体はかなり楽になると思う。そこからプラスに持ち込めるだろうし、リズムが生まれてくるだろう。

外出し、運動をする。そして対人活動していく。そこでバランスが整えば、更に心の養生となり、また好循環が始まっていく。今までとは逆のリズムが生まれてくると思う。

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そうなれば良い。そうしたい。着実に進んでいきたい。どう行動に移すかだ。

 

また明日。

 

参考書籍: