欠乏の不定愁訴ブログ

日々の気付きと過程の記録

生者のうちのスピリット 魂の浄化

今日は曇りだ。散歩へは出ず、気が付けば午後になっている。今は家族が誰も居ない。家の中が静寂だ。静寂の空間に居るだけでリラックスになる。刺激を逃れる緩衝地帯は常に必要だ。

でも、そこまでバランスを取らなくても良い。そのための時間は少なくて良い。今は精神的に落ち着いているはず。刺激があっても良いと思える。無理に繋がる刺激は避けたくとも、身体を整える刺激は得たい。そんなところだ。内と外のバランス。それが大切だ。

気が付けばすぐ時間が経ってしまう。無為に空費しては反省するものの、結局は何も変えられない。それどころか楽をしているように思える。ジャンクな世界に没入し、収穫はなしで暇潰しにしかなっていない。

身体が整っていないため、それは仕方なくある。でも、闘病のなかで進展を生みたい。

 

いつまでも同じことの繰り返し。これでは歳を取ってはすぐに朽ちそう。

命は絶妙なバランスのなかで健康が保たれる。それが崩れる時はすぐ崩れる。いつ何がおかしくなるかわからない。だから、今ある日々のなかで何かに満足したい。その気持ちが強いのだけれど、それを満たせない。

まず根本にあることは、ただ生きていくということに精一杯で、それに一所懸命だということ。それは自分なりに体感している。

それが本来の務めであって、それが十分な本分なのかもしれない。でも、その先へと欲は出てしまう。生活の進展や刺激。

 

この世界から押し出されたらどうなるだろう。短命に終わるのがが明らかとなれば、自分は一体どうする?

ただひたすら恐怖と後悔に襲われるのだろう。やがて身体が朽ちるのを知り、だんだんと吸い込まれるように全てを失う。意識も意思も、後悔も何もかも。

そうなればもう、無の存在になるのだろう。人々の意識の中に在るだけか。 少なくとも、この世から消えてなくなる。それは確実に生のあいだで思う。だから怖い。

 

そうなれば何も思えなくなるのだろう。幸も不幸もなく、それも思うことが出来ない。現世の魂は消失される。

つまりどうであれ、全てから解き放たれることにはなる。それが楽になるということかは解らないけれど、それがあるはず。

では、それまでの後悔も安らかに消えていくのか? それが分からない。その世界を知ることは出来ない。

でも、いつかはやってくることが分かっている。それだけは分かっている。ただ、それがいつやってくるかはわからない。それが怖いということ。この世界の掟や理、定められた約束事に覆われてしまう時が、近い内にやってくるかもしれない。

 

何を言いたいかというと、煩わしい世界を思っても仕方がなく、やれることやり、生きている内に自分なりに満足をするしかないということ。生が輝くか、終わりで地獄を見るか。そのどちらかだ。美しい引き際を目指したい。

人間の果てしない世界がそこにあると思う。他の動物の認知能力がどの程度か分からないものの、人間はより深く事情を把握できる。それが良くも悪くもある。生の世界へ突き落とされることや、生の執着から逃れられないことを理解してしまう。だから生の縛りを抜け出せる者はいない。

結局は、他の生き物とはさほど変わらないのではないか。万物の霊長であっても、スケールの大きさだけで、同じくらいの幸と不幸がある。

 

とにもかくにも、ただ生きて生き永らえ、いつか幸せになること。それだけがすべてだろう。

生きている内にそこへ追い付くかということ。いつ追い付けるのか、あるいは追い抜かれるのか。早々に追い付くのか、それとも後悔にまみれてしまうのか?

ただ、恐ろしくも儚く、時に美しく生きて散る。実はあるのか?実を結ぶのか?根は深いのか? どうだろう。

在りたいことの理想と、自分に出来ること。一体何だろうか。自分は何を糧にして生きていくのが良いだろう。それは何となくは解ったりするけれど、それを実践する場所がない。

一応の気概はあり、困難を少しづつクリアしていくための認識はある。だから、後はそれを叶えていけば良い。困難を少しづつほどいていけば良い。

 

でも、滞っている。次の課題は環境を構築すること。病気としての折り合いもあるし、どのように生きていくかということがある。

後者の方が根底にあり、その上に病気があったりする。生き方のことは、病気の治癒などと相互的に重なっている。それをどうこなしていくか。

 

解決の糸口は見えつつも、何も変えられない。ただ時が経つのみ。それだけの日々だ。

今日も意欲はある方だった。エネルギーはある。プラスに活かすためのエネルギーはある。それだけに悔やまれる。どうにも満たされない。

 

人は誰であっても何かの奴隷だという。「何かに酔っぱらってないとやってられない」と。自分は何だろう。

自分の中核の性質は、感情型というものが大きく占めていると思う。それが大きな特質でもあり、ネックにもなっている。

それについて考えれば、目指すべき道が示されると思う。そこを歩むことが解決の近道。ほんの少しのアドバンテージ。

 

その先には何があるだろう。これも分からない。その定められたものへは逆らえないのだろう。

生きている内に魂を弔うこと。満足してこの世から去ること。何が待っているのだろう。

 

また明日。

 

参考書籍: