欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

在りたい日々を示す像 夢が映すその先

昨日は夢を見た。鮮明でクリアな夢。でも、怖いような夢ではなかった。まるでそこに居たかのような夢で、確かな意識がそこにあった。確かにあった。本来のナチュラルな自分がそこにあり、在りたい日々の像がそこにあった。

近所にある図書館に居た夢だった。そこに自分が行っていた。そこには多くの同級生達や、色々な人が居た。皆がそこに現れてくれた。他にも母親が居たり、色々な人が居た。はっきりとはしていないけれど、何だか自分を悪く言うような人は一人も居なかった感じがする。自分を歓迎してくれるような人達が居た。自分は驚いて臆しているけれど、どこか胸の中では嬉しく思ったりしていた。

場面が移り、外に出た。自分は騒がしい図書館から家に帰ろうとしていた。他の面々が図書館の中に居るあいだに逃げ出そうとした。でも、自分の歩みはなかなか進まない。なぜか身体が重い。いや、何か果てしなく重い荷物を持っていた。それがとにかく重くて、家へと帰れない位だった。身体が地面へと吸い込まれるように、晴れた図書館の周りをうろうろしていた。

そこから場面が変わり、自分はベンチに座っていた。申し訳なさそうに、恥ずかしそうに自分がうつむき加減で座っている。ふと目をやると、正面には同級生達が同じように座っていた。ぎゅうぎゅうに皆が座っていて、皆こちらを見ている。赤面する自分を見ている。懐かしい面々だった。成長して大人になっていた皆が、様々な表情でこちらを見ている。探っているような、あきれ笑いのような顔。皆と少し話をしていた。そうしつつ、ぼんやりと夢は途切れていった。

 

図書館と、ベンチと、同級生達。普段散策している時の心象が映ったのだろう。それがはっきりと解る。それらの全ては記せないだろうけれど、日中の意識下の思い巡らせていた断片が繋ぎ合わさっていた。

思い描いていた日々へと一枚に繋がっていった。在りたい日々の像と、フラストレーションの向かう先がそこにあった。日頃のフラストレーションは、あの道筋を辿って晴らすべきなのだろう。その答えが夢なのだろうな。自分が移す在るべき理想の像。

 

以前通っていた図書館には、また通いたくないと思っていた。かれこれ一年はそこへと行っておらず、空白がある。去年の年末から行っていない。

そこから年を越し、2020年になってからは、身体が限界の際の際まで達していた。5月頃にアーロン博士の本を取り寄せるまで、身体の水準は、すべてが事切れてもおかしくない位だった。風呂に入ることも出来ない位だった。家族は何も出来ないし、病院のドクターも当てにならない、八方塞がりで抱え込んで、身体が限界まで蝕まれていった。その渦中にアーロン博士の研究の認知を得た。

そこからある程度回復して、体力は付いてきてはいる。でも、再び通い出すのはなんだか気恥ずかしい。結局そこにしか行く事が出来ない自分。それを自分自身で否定している。それが根底にはある。恥ずかしいと思っているからだろう。司書も居るし、馴染みの職員も居る。そんななかで通い出すのは恥ずかしい。

でも、目の前までは散策している。そこで色々と大切な気持ちがあったのだろう。

 

以前、学校を特にこれといった理由なく通えなくなった自分は、そこへ通っていた。学校に通っていた年数よりも、そこへ通っていた年数が長かった。

そこで色々な思い出があったけれど、やがてそこへ通う年代は終わった。そして自分は、次のステップでフリースクールに籍を置いた。でも、結局はフリースクールに適応出来ず終いだった。学校に行けなくなったのと同じように、これといった理由なくそこをフェードアウトしていった。

すると家に居るしかなくなった自分は、また図書館へと通うのだった。何の肩書きもないまま、同じ場所に舞い戻った。毎日毎日通っていた。

 

今もそのような状態だ。そこから離れなれない。けれども、夢の中の像にはそこがあった。

以前、そこで同級生と実際に会ったのだった。それが大きな拠り所になっているはず。そこでは向こうから自分を見つけてくれた。数少ない接点だった。そこにも触発されたのだろう。

今の生活から脱却して、在りたい日々へと進むためには、ここで繰り返し記しているように、外の世界との接点が必要。それは人との繋がりや、社会、集まりとの接点が必要。人という刺激に出会い、慣れ、そこで自分を認めてもらったり、何かに活かせるようなことを見付けることが大切。自分はとにかくそれを探している。

 

健康に、満足に辿り着くための切っ掛け。内なる声の促す道筋。図書館という場所と、同級生という人。

夢では、自分は一回そこから離れようとした。自分の弱いところに目を背けるようにして。向き合いたくないことを置き去りにしていた。

でも、そこから離れようとしても、自分は、何かとても重いものを抱えていて足が進まない。自分の中の気持ちが行き違っていた。目を背けられないものと、背負うべき大きな大きな重荷。自分にはどうしようもないものがあるのだ、といったもので割りきるようにしていた。でも、やはり本心から目を背けられなくなっていたのだろう。

夢で自分は向き合っていた。場面が飛んで、気が付けば向き合っていた。向き合って話をしていた。顔を合わせた。向き合った先の事は見えなかった。事前には描けないからだろう。顔を合わせるに至るのは、自分の努力次第。切っ掛けを求め、その先は現実の像を見ないといけない。実際に見るしかないということだろうな。

 

以前は逃げ出していたけれど、今度はそこに向き合おうとしていた。より描いていた未来へと繋がるような夢だった。

自分は何かの接点を求めているのだ、という事が示されている夢。それは、予言や正夢ではなく、必要なものだという暗示。メッセージ。そこに人生の答えがある。エネルギーが導かれる先の未来。答えは近い。後は、切っ掛けを求めるだけ。

身体の方は、ある程度の土台は創れているはず。それは本当に頼りないものだけれど、プラスに働かせるための動力にはなる。それを用いていけたら良い。

ある程度の水準を、更に上向かせようとしてしまう節がやはりある。それは反省。結局は、ナチュラルにご飯を頂くしかない。ストレスを溜めず、抑圧へも走らず、快くお腹を膨らませる他ない。それを持続させていけたら、自ずと結果が付いてくるのだろう。

自分は、どこかで身体の限界を上回ろうとしているのだろう。それが負荷になり、身体へと蓄積しているはず。だから右肩上がりで常に連続していかない。それがある。

 

それでも、やはりもう少し身体に力が付いても良い。そう思ってしまう。今の限度はこれくらいなのだろうか。

運動によるストレスの低減が効くのは、もう厳しいのだろうか。となれば、後の策は何がある?難しい。

抜本的に改善しないと変わらないのだろう。昔は子供の体格で、そのエネルギーの需要だったのものが、今では成人の水準に変わったのだろう。少食や、粗食を下回っていては雀の涙だ。そこでの変動を気にしていては、病人の一喜一憂だ。そこから脱しないと。

 

しばらくはこの水準で推移するのだろうか。ただ、今のライフスタイルで生活を送るぶんには、そこまでの支障はない。その日々で満足出来たら良いけれど、本当の満足はない。身体もやはり辛いし、心の養分が欠けてしまっている。

大きい生活改善の要素を手に入れない限りは変わらないのだろう。切っ掛けを掴むまでは。

 

自分は、身体に何かの疾病がある訳ではない。長時間の刺激が厄介なだけで、そこをかいくくれば良いだけの話ではある。長時間の刺激は避け、落ち着ける空間を持ち、心の養生をすることが出来れば身体の土台は整うはず。

そのなかで継続的に外側の刺激に慣れ、刺激への耐性が出来れば、外の世界でやっていけるはず。状態が生まれるまでには理由がある。もしそこが叶えば、仕事も、車の運転も、外食も出来る(はず)。

強く悲観することはない。自責の念に駆られることもない。とにかく相応しく生きること。必要な事、必要だった事を知ること。自分で自分自身に教育すること。問題を認知して、そこからが始まり。そこを試してからが本番。

 

いつかは何かに辿り着くはず。そう信じることがまた始まり。道はある。

生まれた瞬間から悲運が舞い込むということは決まっていたのか?すべて決められた道筋を辿るように、誰かに人生を背負わされて、変えがたい廃れ行く未来へと辿っていく事が決まったのか?

いや、自分で日々を創っていける。在りたい道を進んでいける。そう思う。辿り着くべき"場所"は決まっていると思う。細かな外的要素を除けば、自分の願って止まない場所がある。そこへ辿る道筋が複数あるだけ。

朽ちて果てるか、大願が叶うか。どのような道を歩んでいくかは自分次第。横道に逸れるか、己の弱いところにしっかりと向き合うか。

必要なものを手繰り寄せ、紆余曲折を経れば、いつか幸福でいられる場所へ辿り着くはず。自分で変えられる。自分の意思で。その先で振り返った時、それが一本の道のりになっているだろう。まるで決められた道のりを辿っていたように。運命を歩んできたかのように。

 

また明日。

 

参考書籍 :