欠乏の不定愁訴ブログ

日々の気付きと過程の記録

特性のやり場と弱点の意味 鎧を解き放つ時

今日はよく晴れた。快晴の青が広がる空。目がくらむような光の中を歩いた。土の匂いがした。こんな日が続いていけば良い。春が待ち遠しい。晴れた暖かい日にはこのような感触があったのだな、と思い出した。それと同時に記憶の蓋が開いてくる。

思い出の出来事はたくさんある。昨年の事から、随分前の事まで。去年は辛かったな。でも、大半の事は忘れてしまっていて、どこか思い出せない。何でだろう。それでも良いか。すべてが糧になっていく。部屋の中まで暖かい。匂いが変わった。

体重は、更に増え続けるといつことはないな。安定はしているものの、停滞もしている。やはり、運動では抜本的なものではないのだろうか。

いや、効果としてはある。ストレスは低減されているはず。食欲として効果はある。それははっきりと体感している。

ただ、その運動という要素を存分に活かすには、また別の要素がないといけない。根底にあるのは、四六時中付きまとうストレス。それがすべてを停滞させているのだろう。消化と吸収にも影響があると思っているし、とにかく厄介。

ストレスは、身体にとって存続を危ぶむ何かが目の前にあるぞ、というメッセージとして発せられるらしい。それは生命にとって一番の脅威になる。

そのため、それを排除しようとするのが先決になる。その選択は、逃げるか、戦うか、この2つどちらか。身体の機能を身体のために使うのは二の次になる。外側の脅威に対して用いられるためだ。逃走するか、闘争するか、その選択をしようとしていく。消化や吸収、睡眠、繁殖などの大切な働きが行われなくなっていく。

 

だから、ストレスの対処が一番になる。運動というものは、もちろんそれは効果はあれど、対症療法に過ぎないのだろう。生物学的にも色々な理由があるだろうし、自分の捉え直しにおいても解っている事だ。本質的な心の養生をしていかないと抑圧に陥ってしまう。

闇雲に身体の立脚点を掴もうとしても、それは無理のしすぎへと繋がってしまう。身体に負荷がかかるだけだ。それらが一喜一憂を生む。どこかでプレッシャーをかけていて、伸び伸びとナチュラルに過ごせていないのだろう。

 

体重は、あと数キロ増えれば良い。医学的には、もっと増えないといけないと捉えられるだろうけれど、個人的なエネルギー事情を鑑みれば、あと五キロか六キロ増えれば良い。数キロ増えればかなり身体は楽になっているはずで、そこからもう少し、もう一踏ん張りすれば良い。自分の身体にとってはそれで良いはず。それが今後の目標。

果てしない道のりではない。小さな人生として完結していくのであれば、それで十分だ。仮に切っ掛けを掴み、身体が右肩上がりに推移していけば、どんどん楽になっていく可能性も考えられる。

切っ掛け次第。自分の努力次第。そして、人と環境次第。ストレス対応が出来、継続して心の栄養を補給し続けられたら、可能性は無限だ。いくらでも普通になれる。

最近、以前に身体が落ち着いていて、体重もそこそこあった時の事を振り返っていた。思い返せばそれは、近所の図書館にある図書館学級へ通っていた時だった。その時は、身体は楽でいられていた。よく考えれば、今理解を深めている原因の要素と、その場所での要素がリンクしているのが解った。

自分で歩き、運動をして図書館へ行く。そこで先生方と話をしたり、机に向かって勉強したりしていた。日常でそこへ通っていた為、そこに通うということは心身の栄養にもなっていたはずだ。それで社会的な自分の立ち位置を感じていたと思う。

そこへ通うことがなくなったのは、義務教育が終わってからだ。そこから自分は、隣街のフリースクールへ通うことになったけれど、徐々にその場での刺激が負担となり、そして刺激に圧倒されるタイミングがあったため、通えなくなってしまった。身体がどんどん先細っていったのだった。

 

それにより自分は行き場を失った。エネルギーのやり場はなく、補給もない、変わらない日々が始まっていき、フラストレーションだけが募っていってしまった。

それにより、心の必要なエネルギーが失われていった。そこを改善しようと叫んでいた心の声を叶えることが出来ず、ずるずると、じりじりと消耗していった。

心のバランスは乱れ、フラストレーションによる内側から生まれる長引く長時間の刺激により、神経が高ぶっていったのだった。そこから無理のしすぎへと繋がっていく。闇雲な抑圧だ。悪い循環のどつぼにはまっていった。

「INFJ性向の光  HSP/HSSネックの影」

特に親しい人や、特別な存在を失った時など、内向直観と外向感情を指向する人にとって必要なエネルギーが補給できなくなってしまうと、やがて心身のバランスが乱れてしまう。

普段から特に意識せずに用いている第一機能の内向直観だけを、それだけで過度に用いた場合がそうなってしまう。そのような状態にさせる要素がHSP/HSSのネックだった。

 

センシティブな部分(長引く刺激に弱く、刺激を回避しがちで、籠りすぎによる刺激の少ない生活)と、不信感や過去の痛手などからくる好ましくない自分への接し方("無理のしすぎ")、それと、常に刺激を追い求めようとする強い意思(フラストレーションからくる内側の刺激)の、これらが複雑に絡み合い、心の内なる声をかき消してしまっていた。

内向とは、周囲から取り入れ、内省しようとすることだそう。そして直観は、その取り入れた情報(事実)の持つ捉えどころのない意味を得ようとすること。

何らかの理由によって、周囲の人の情報を(外向感情、外向感覚によって)得られなくなったり、その働きを抑圧してしまう時など、その2つの機能による情報収集がなくなった場合が問題になる。ただひたすらに少ない情報(感情)の曖昧な意味を求めてしまい、半ば妄想に陥り、不確かな内的世界が広がっていく。

自らの好ましくない認知や認識により、自縄自縛にさいなまれ、消耗してしまう。自分では、無理のしすぎという抑圧へと繋がっていった。

 

これは、普段から使いこなしている使い勝手の良い、第一、第二機能にとって必要な資源が失われてしまった場合に起こる。普段から優位に使っている機能は、常に何気なく用いている陰で、その対にあたる正反対の機能が下支えしている。

それがあってこそ、内向する直観は好ましく働いている。それによって普段の思考が成り立っている。この劣勢な機能を意識して用いる事が重要。

周囲の曖昧な情報(事実)を、周囲の人の不確かな心情を内的に探り続けてしまっては、やがて消耗してしまう。主機能を支える資源も枯渇してしまうだろう。不確かな認識により、より外側との距離が開いてしまう。

そしてフラストレーションが溜まり、それが内側からくる刺激となり、長引く刺激にやがて消耗してしまう。

 

刺激に対して回避的になり、さらに刺激に疎くなれば、得られる情報が少なくなる。やがて隠とん的、厭世的になり、その間もフラストレーションは溜まり続ける。そうなれば、本来の豊かな外界への感度は廃れ、周囲に対して無神経にもなり得る。

それでは人間関係や、ストレスへの対処などに問題が発生していく。身体にも看過できない問題が発生するはず。

必要な資源を得るには、特に意識せずに用いている機能の対にあたる性質が鍵になる。外向感覚(感情)によって、外側の事実の一点を確固たる情報として取り入れること。

まず、問題解決のため、困難の原因にまつわる事実を認知する。確かな情報から認識を創り出し、それを周囲へと伝えていく。そして、その後に人と温かく交わることが出来れば、エネルギーが得られる。

 

人の心の曖昧な部分を感じ取って気に病むのであれば、人の心を確かに感じる時間が必要。それがあってこそバランスが整い、心にエネルギーが満ち、豊かな内的世界が広がっていく。自身の正常な心が戻ってくれば、周囲の人と自身の心を豊かに通わせられるのだろう。

外側との適切な緩衝地帯を設け、内的な時間を持つ。精神的に必要な習慣を周囲とも共有する。

そして、限られた枠組みで、特別に親密な人と繋がりを持つこと。少人数のグループ間で気楽にエネルギーをやり取りし、そこでエネルギーを得ること。そこで心の養生をしていく。

 

そうなればフラストレーションは満たされ、ストレスが大幅に減り、身体に満ちていくエネルギーは、身体の中で建設的に用いられていくのだろう。

完璧な元気がなくとも、それですべてを閉ざしては駄目なのだ。どこかで人と、心と交わること。人と交わることを止めてはいけない!

無理のしすぎの克服にも、外向感覚が関わっていたと思う。問題の原因を、確かな事実(認知)の一点から考え、そこから筋道を立てて思考していった事が良かったのだと思う。

 

かつての痩せ細る中で思ったのは、"他の人は何も理解してはくれない、解らないのだ"という事。家族も、医師も、教師も。知能検査、発達障がいの診断、療育手帳の事など、混乱で溢れていた。

多くの痛手を掻い潜ろうと、不信感の中で外部と距離を取りつつ内向直観が導きだした立脚点は、

「とにかく元気であれば何でも出来るのだ。恥を、不和を、不信を、屈辱を払拭できる。」

という考えだった。そしてそれは、少しのあいだ息を潜め、後に更に居場所がなくなった時に現れてきた。

不信感により閉ざされた外向感情のなか、救いが見つからず、身体が満たされなくなりだした。家にも安心がなく、外にも居場所がなくなり、心のエネルギーが得られなくなった時、かつての直観によって刻まれたメッセージが浮かび上がってきた。

これまでの痛手を掻い潜るのに必要だったものは、今の病的な身体に必要なものは、元気なのだ、と。それがこの状況を脱するのに欠かせないのだ、と。それを頼りにする他ないのだ、と。

とにかく無理をしろ、元気があればこれまでの痛手を回避できた、それはこれからの事も同じ、かつての過去の人たちの願いを叶えろ、元気でいろ、お前が元気であれば家族との不和はなくなる、誤診も覆せ、屈辱を晴らせ、今それを満たせ、いくらでも無理をしろ、身体を立て直せ!

 

ずっと呪縛のように思っていた。狂っているようでおかしいと思っていた。でも、そのメッセージは不完全な心象から形作られた認識であり、好ましい選択ではなかった。過去の人の誤った行いの歴史を、同じように繰り返していたのだった。

適切な事実による思考が必要だった。過去の人たちとの緩衝地帯を設けること。それらの認知を与えてくれたのは、HSPという概念にある事実だった。それが自分の出来事の原因だった。後になり、ようやくそれを得ることが出来た。そしてそれを周囲の人へ伝えられた。

それにより、かなり楽になった。事実として原因を詳細に認知でき、相応しい認識を得られた。すると家族との接し方が変わり、家庭内での不和がなくなった。ここでいくらかの外向感情によるエネルギーが補給されたのだろう。

 

そこから少し身体が上向き、停滞するなかで今は運動をしてみていている。でも、それだけでは元通りにはならない。本当の満足が必要だ。本当のエネルギー補給には至っていない。

今まで痛手を被ってきた期間から、適切なマニュアルとカリキュラムを創ること。10年間の失敗なら、同じ時間分の今後のやるべき事、やらなくても良いことを導く。その行動指標を作り、それからの10年間でそれを実際に行動に移して学んでいく。その間も常に、結果を検証し続けていき、カリキュラムを刷新し続けていく。

今はまだ、カリキュラム作成の段階なのだろう。やるべき事をもっとクリアに考えていく。でも、それは大方が済んだはず。日常の行動の結果が解ってきた。となると、後は行動に移すのみだ。

何らかの親密な関係を築くこと。狭く小さな枠組みで心と心を通わせ、エネルギーを充満させる。心身を豊かに整えれば、普通に近づく。小さな人生のための適応へと励める。

そうなれば、内向直観の本来のやり場を求められる。この特性を理想へ向けて用いていける。

優れている部分と、ネックになる部分の両方を認識し、それを適切に用いること。そうなれば、建設的に、創造的に自分の才覚を活かせるだろう。それが運命だ。生まれた意味だ。

 

それで世の中の役に立てたら良い。その前に、自分を助けよう。まずはそれだ。それを完遂した暁で、天が味方するのを待つ。

 

切っ掛けを求めること。どうなるだろう。

 

また明日。

 

参考書籍 :