欠乏の不定愁訴ブログ

日々の気付きと過程の記録

創造的な人生の過程 まだ見ぬ可能性の実現

今の生活は、どこに属しているのだろう。ふと思う。焦ることはあるけれど、焦ってもその焦りには中身がない。一丁前には考えているものの、何も進展は得られない。

今の自分は、何をすべきだろう。ただ、大きな困難はなく、生活の基本の満足はあり、生活は安定している。それは家族が居てくれてこその話だけれど。

 

社会的な立ち位置はなく、病的な身体でずっといる。でも、かといって極端に身体の水準が低いという訳ではない。それなりの体力はある。ただ、行き詰まる日々。

色々な認知を得て楽になる部分はあったけれど、個人で行えることは終えた気がする。次は外へ出ないといけない。心との接触が必要。でも、それが難しい。

どこかの集まりへと出ていくことと、親密な関係を築くこと。容易には叶わない。エネルギーは、バーチャル空間へと向く。

ユング心理学入門」という本を読んだ。色々な認知が得られた。そのなかで、些細な一節が印象に残った。

(中略)

自己実現は高くつくものだとユングはいったが、実際に、自己実現はできることならばさけたいと感じられるほどの苦難の道であるといえる。ノイローゼのひとたちは、苦しい自己実現の道を拒否してしまったため、他の意味の苦しさを味わわされているひとともいうことができる。これをいいかえるならば、ノイローゼのひとは、本人も気づいていない実現すべき可能性を、内にもっているひとであるともいうことかできる。

ユング心理学入門 河合隼雄 著 230ページ

(中略)

次に、心像や象徴の意義を重んじる点からいっても、絵画を重視することは容易に想像されることだろう。このほか、彫刻や粘土細工、ときには詩など、ともかく何らかの創造的表現をすることは、つねに奨励される。前章までに述べてきたことからわかることと思われるが、神経症の患者とは、結局自分に与えられた可能性や創造性を生きていないひとともいえるので、このような創造的な表現活動が治療場面において推奨されるわけである。

ユング心理学入門  河合隼雄 著 263ページ

今の生活は、ある種の満足のいく生活にはなっている。有り難いことに、生活は家族が支えてくれている。生理的な欲求や安全の欲求など、生活の基盤は作ってもらっていて、それを享受できている。

病める人間という免罪符があり、生活は家族が支えてくれている。そう考えると、自分は好きに創造的過程を辿っているとも考えられる。経済的な事情を考えなくて済み、生計を立てることに全てを割かなくても良い。

 

マズローの欲求の階層で言う、低次の欲求から高次の欲求を満たそうとすることに専念できているとも考えられる。

マズローの提唱した欲求の階層では、人間は低次の欲求をまず満たそうとし、それが満たされた後、より高次の欲求が現れてくるそうだ。それを満たしていくことが出来れば、それはより豊かな心身の健康に繋がる。その最たる状態が、自己実現の状態。至高の経験を味わえる時。これは、創造的な可能性の道のりを現しているのだと思う。

 

今は、創造的な人生を構築するための準備期間なのかもしれない。しっかり自分と向き合える時間。そう捉えても良いのではないか。

セーフティーネットに頼らざるを得ない時もそうだと思う。生活を保証してもらっている間、自立へ向けて頑張ってください、という仕組みの福祉。自分は、それを家族にやってもらっている。

病める人間という免罪符を持ち、経済的に切迫していない間、より高次の欲求を満たすことに専念すれば良いのではないか。そこに励み、健康になれば良い。健康へは、他者との関わりが欠かせない。そこを構築することも求められる。

それがナイーブに陥りやすい人間としての課題であり、務めなのだと思う。自分の可能性を知り、それらを伸ばし、個性として盤石化する。それが病めるなりにすべき仕事。今までになかった新しい素質を得て、新しい歩き方で人生を創っていけば良い。

今の自分の宙ぶらりんな生活は、そう捉えて良いのかもしれない。個人において、向き合うべきものに向き合うこと。

 

ただ、それは高くつくらしい。それに自己実現は、人生の究極の目標だ。容易に辿り着ける境地ではないだろう。人間全体でも、どれだけの人が自己実現者なのだろう。極々少数なのだと思う。そのなかで、センシティブな人間などはそれを実現すべきなのだろう。そう思う。

でも、それは大きな大きな壁。そこへ到達できなければ、社会の皆さんや誰かに頼りっぱなしのまま、人生が終わっていくかもしれない。自分が何者かなど到底知ることもなく、ただ破滅的に自暴自棄になり、短命に終わるのかもしれない。

 

そのためにも、たくさんの事を学ばなければいけないのだろう。タイプ、影、夢、アニマ、自己、様々な認知を得て、それを深く思考に落とし込み、日々の生活と照らし合わせていかなければいけない。

絶えず勉強をし、自己の創造的可能性に委ねる。周りに支えてもらっている間にそれをする。いつか大きなリターンが得られた時、それを還元できたら良い。

それ程の果てしない道のりを辿っているのであれば、現状で本当の満足が得られなくても仕方ないのだと思える。生活は保障されているのだし、それくらいは仕方ない。

 

より健康を目指して生きていくことが、自己実現に繋がるのかもしれない。どんな要素が必要で、どんな要素が要らないのか、それを知る。

避けるべきものと、得るべきもの。何をして喜ぶか。どこに社会的存続を委ねるか。バーチャルか、現実か。色々とある。

文章が何かにならないかな。それで本のその文が印象に残ったのです。

 

また明日。

 

参考書籍 :