欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

最低限の存分な日々 成れるものへの土台

ここ数日の直近だと、少し身体が停滞している。それなりの精神性を持ちつつあり、それなりの日々を送っていたのだとは思う。ただ、それなりの好調が、かえって不調を招いた。体重も少しずつ増えていて、増えるような手応えも感じつつあった。その中で、その調子を上向かせようとしてしまっていたのだった。いつものリズムだ。どこかで食事に対してプレッシャーを掛けていた。やはり定期的にこうなってしまう。正常な体重が伴う世界へ行きたかった。それがある。ずっとある。

 

次の通院日までは、あと一週間。整いつつある部分と、未だ抱え続けている問題。デイケアへ通うこともなく、当てもなく周囲をさ迷うのみ。身体はダメージを受け、ほんとうの内なる声は取り残されたまま。滅茶苦茶な夢も見てしまう。状況は変わりつつも、本質的なケアはなされていない。心の養生は、ずっと欠いたまま。

 

 

以前は居場所があった。通うような場所があった。それだけではなく、そこに心理的な拠り所があった。自分の存続を確かに感じられる場所だったし、そこで欠乏欲求も大方は満たされていたと思う。所属と愛、承認と尊重だ。それが満たされていた時は、自ずと豊かに生きていた。健康で、健全なバランスが保たれていた。

 

元気に学校に通っていた時や、図書館学級の頃がそうだった。その時は気付かなかったけれど、そこに通うことで心身のバランスが整っていたのだった。欠乏は満たされ、正の感情を得ることが出来ていた。そこで過ごすことによって日々の満足を得ていた。これは大きい。健全な心身があり、自己を最大限発揮するための土台が整っていた。外向感覚(感情)を健全に働かせられる環境であり、それによって心身の資源を得ていた。ナチュラルなセンシティブさはあれ、極度にセンシティブにならずに居られた。自分は、その頃は普通だった。

 

どうやったらその頃を取り戻せるのだろう。道筋は解っているつもりだけれと、どうにも踏み出せない。自然と機会が降って湧いてこないだろうか。そんなことを思う。そうなることを待ってしまっている。それがいけないのだろう。

 

そのようなかつての場所へと適応しに行くのは、相当難しい。フリースクールや学校、一般的な社会的ステップを踏むことは難しい。そこへ戻ることを目指すのは、なかなか現実的ではない。かつては平気であっても、今は違う。その方面への可能性は、根底にはあるのだと思うけれど、それは脆くて崩れやすい。それは確かだ。可能性を実現させたとしても、それは崩れやすい。刺激の耐性を築くのは、簡単なことではないと思う。

 

そこへと戻るのには、小さなステップを踏まなければならない。徐々に心身を適応させていくこと。初歩的なことから始めて、徐々に刺激に慣れること。それが重要。それをし、自分の限度に合わせた所へ適応すれば良い。それをしていくこと。まずは初歩から始めること。いずれにせよ、外へ出ていく必要がある。

 

ただ、そのステップを経ることが難しい。初歩のステップとして通えるような場所がない。人も居ない。それに、いきなりどこかへ適応しに行くのは大変だ。フリースクールでの失敗がそうだった。心の資源が少ないなかで、刺激の多い場所へ通いだしていた。刺激に慣れる間も無く、やがて身体は崩れてしまっていた。同じことを繰り返さず、対処の仕方を変える必要があると思う。心身の水準は、かなり低いのだ。

 

どこかへ適応しに行くためには、その前に前段階が必要だと思う。そこを経てから外の世界へ踏み出したい。そのステップは、身近な人と親密にエネルギーをやり取りすることだ。それが全ての歯車を回す。そう思う。

 

 

でも、それはなかなか叶わない。何年間で遠く離れてしまったな。年月が経って歳を取ったとしても、自分は何も育まれていない。未だ何年も前の頃のまま。時が止まったまま。

 

「人生の最初の二十年でカリキュラムを与えられ、その次の二十年でそれを勉強する」

 

そんなことがアーロン博士の著作に記されていた。

 

もうすぐ二十歳だ。自分で鏡を見ても、全く年齢不相応な顔をしていると感じる。社会経験も何もないからだ。井の中の蛙が、寄せ集めの入れ知恵をこねくり回しているだけなのです。今までの日々なんてそんなものです。

 

 

病を通じて人と社会と関わるべきなのでしょう。それしか方法はないのだろうな。そう思いつつある。外の世界へ出ていく方法は、それくらいしかない。それをし、必要最低限のものを得て、自分を最大限発揮できる人生を構築すること。可能性と限度の中で、最低限かつ存分に自分らしく居ること。自分が成れるものを知り、そこへ辿っていくこと。それしかない。

 

 

「食べる量が減らないように食べていれば良い」

 

「食べられる時に食べていれば良い」

 

そう思えたら良い。そんな暁は、自分の最大限の日々を送ることが出来ている日々だろうな。そんな日が来れば良い。

 

欠乏があるうちは、エネルギーが内側で滞っている。外側に向かう時間が必要なのだ。それを怠ってしまうと、空回りしているエネルギーが食事へと向かい、抑圧に陥る。それにより、内的な不適応を起こす。内的なことを重視していたはずが、結局は内的な適応すらなされていないままだ。最近はそう気づかされる。内側との対決は、外側との対決を示す。

 

自分は、外の世界と重点的にうまく適応していくことよりも、内面における適応を誤らないことが重要だと思っている。内面の適応を重視させるのが必要で、そのために内的な基盤を整えることが必要。ただ、あまりにも内面に気持ちが向きすぎてもいけない。そこが難しいところ。内面における適応の中に、外界との接点を失ってはいけない面がある。内面を守るために外の世界との交流を閉ざさないことだ。それが求められる。

 

 

どこかにあるだろう。それを目指すしかない。自分の適応を可能にしてくれる場所へ出掛けなければならない。それがある。

 

パートナーが居ることや、自分の独自の生き方が、所属する集団アイデンティティーの中で成功した一事例として認められていること。それらの感触が得られたら良い。それを得ないと始まらない。始められない。

 

 

大多数の人は、仕事場と家を往復するのが常で、欠乏を満たすことはその後になっているかと思うけれど、自分はそれが出来ない。欠乏を満たさない限り、身体は看過できない程の水準になる。病的で、誰かに支えられないと生きていけない。

 

今の現状で体調を気にしても、それは全く意味がない。病的な水準の中に居続けてしまっている。その中で踏ん張っても仕方ない。何の成果にも繋がらない。

 

本質的なケアをすることだ。それをするしかない。そうしなければ、ただ一喜一憂を繰り返すのみ。

 

 

社会から適切な距離を取り、独立すること。自分を最大限活かすこと。可能性の方向を知り、そのために必要なものを構築する。自分の独自の生き方をすれば良い。それをするしかない。活かす部分を活かし、閉ざす部分は閉ざしてしまえば良い。

 

そのために土台を作る。初歩の欲求を満たし、心身の本質的な養生をすること。それが欠かせない。そこだけは背くことができない。それだけは向き合わなければならない。

 

内的に過ごしてばかりでは無理がある。内面における適応を果たさなければいけない。そのために、外と適切に交わること。それがするべき事。

 

現実を豊かに生きてこそ、バーチャル空間でもエネルギーが活きるのだろう。現実を生きること。このままでは何も変わらない。

 

自分と同じような孤独なスピリットに出会えたら良い。それだけで良い。お互いに必要とし合い、利害を越えたパートナーが居れば良い。

 

 

思う気持ちは、いつかは満たせるもの。満たせるようなものであり、満たさなければならないもの。

 

あと少し。表層の自我は、やるべきと事を認識している。あと少しの切っ掛けだけ。

 

準備は整っているはず。そう思おう。

 

 

また明日。

 

 

 参考文献:

ユング心理学入門

ユング心理学入門

  • 作者:河合 隼雄
  • 発売日: 1967/10/01
  • メディア: 単行本