欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

捉え直しの結晶 カリキュラムの仕上げ

今日もやるせなく過ぎていく。今日という一日が終わっていく。自分は一体何をしたというのだろうか。変わらないルーティーンをこなし、変わらないエネルギーを持て余してしいる。強いフラストレーションはないけれど、至高の満足もない。意欲は強くあるけれど、それを行動に移すことが出来ない。エネルギーを建設的に活かしていくことが出来ない。全ては欠乏を満たすために費やされる。病的な心身のバランスを整えるために用いられる。自立をし、何かの仕事に取り組むことが出来ない。

主機能である内向直観を存分に活かすためには、外側からエネルギーを得なくてはならない。それがあってこそ心身は健全となり、建設的にエネルギーを用いる事が出来る。内省をすることで、何かを生み出せるのだろう。健康な身体のエネルギーを、自己の外部にある仕事に捧げられる。自己実現的な人間であれば、そうなっていくのだろう。

今の自分は、"自分の劣等機能に囚われた状態"なのだろう。主機能や補助機能にとって必要な資源が得られていないため、劣等機能が心理的なバランスを取り戻そうとしている。

劣等機能は、意識にめったにあがってこない心の機能だそう。無意識の領域では想像以上に活躍し、エネルギーを蓄えている。皮肉にも、それは疲労困憊している時や、大きなストレスにさらされた時、アルコールを接種しすぎた時に現れ、その個人の行動を支配してしまう。

劣等機能は、心のエネルギーがからからになってしまった時の警告として現れる。それは成長の新たな道を示すものでもあり、問題が発生したときに頼れる教師でもある。ユングは、これをアニマとアニムスに派生させて洞察した。男性は女性的な面が鍵であり、女性は男性的な面が鍵になる。

日々のフラストレーションを全て満たしたい。それは大きな理想だけれど、現実にしたいものだ。そうすべきだと思っているし、そうしなければならないだろう。最低限の欲求は満たす必要がある。

いつかは叶えられると思っている。わがままに全てを満たしたいというわけではなく、最低限の生活をしたいということ。そのためには、看過できないフラストレーションを全て満たすことだ。

テレビ番組で、ある方がこう言っていた。

「日常の夢はほとんど見ないですね」

生活のフラストレーションがほとんどないのだろう。その代わり、ファンタジーな映画の世界を夢に見るそうだ。大きなストレスはなく、開放的に過ごされているのだと思う。そう感じた。とても羨ましい。

自分は、普通の人と同じになりたいだけだ。普通の生活と、普通の感覚がほしい。病的にではなく、一般的な健康的で文化的な生活を送りたい。それだけのことだ。自立をし、自活をし、身の回りの事を自分でこなしたい。豊かな心を持ち、豊かに世界を人生を感受したい。それだけのこと。

生活のために必要なことは、すべてを満たすことだ。今はそれを満たせず、強いストレスになっている。身体は由々しき状態のままだ。それらをきちんと叶えること。それは大きな望みではないはず。小さな人生を築きたい。それだけで良い。そのためには、最低限フラストレーションを満たす事だ。

今日で言えば、本屋へ行きたかった。本を買いに行けること。街に出ること。自立のために必要なものを構築したい。どこかへ出て行ったり、物を買ったり、必要な手続きがあればきちんと済ませること。そういった最低限の生活をし、日々の欲求や衝動を解放させたい。最低限で文化的な生活を営むこと。行く、買う、通う、それだけのことを満たしたい。それを始めたい。

身体は今でも病的な水準だ。まだまだ無理をしてはいけない。ここで無理をすると、より病的な深みにはまってしまう。この段階にいるうちは、努力をしても意味がない。必要なことは、本質的なケアだ。心の養生だ。内向直観を働かせるのに必要な資源を得ること。外向感覚(感情)を働かせることだ。それは欠乏欲求が求めるものと重なる。所属と愛だ。それが満たされた時、それは病を癒す。全ての捉え直しは繋がっている。親密な関係性が必要だ。愛情の交換。正の感情のやり取り。相互的な同一化。これらが全てだ。

あるいは、暇を潰すこと。心身のエネルギーを補充することも欠かせないけれど、暇を潰すことも大事だ。HSSによる神経の高ぶりもある。退屈しすぎないこと。それも欠かせない。

身近に親密な人が居て、その人と過ごすことによって暇がなくなれば最良だ。完全なる健康を手に入れられるだろう。欠乏は全て満たされ、豊かな生活に繋がっていく。後は成長欲求を満たしていくことだけだ。それは内的に時間を費やすことだろう。それも行動に移し、最大限自分らしくいること。そうすれば、自ずと平穏に過ごしているのだろう。それによって何かを生み出していたい。

 

一般的な交遊関係を築くのは、難しいかもしれない。いや、現に難しい。どこへも通っていないのだ。人の居る場所へ通っていない。そうなれば、新たな関係を築くことが難しくなる。

ただ、やはり内的な基盤の面においても障壁はある。忙しい日々を送ることはできないし、自分の年代の一般的な過ごし方をするのは難しい。あまりにもアクティブになっては疲れてしまうし、内的な時間を送ることが出来なくなるだろう。自分は周りと違うのだ。適切な心身のケアをし続けなければならない。

つまり、特別に親愛なる人と短く過ごせたら良い。それだけで良いはず。それが理想。そのような関係を築きたい。数時間でも話をすることが出来れば良い。そのくらいが良い。それだけでも欠乏は満たされるだろう。

それによって心身にエネルギーが満ち、内的にエネルギーが活かされるはず。親愛なる人との時間と、一人の時間。個々人でのやり取りと、内的な時間。勉強、インプット、アウトプット、表現の時間の基盤を守ること。そのようなバランスある日々を築きたい。

それを構築するのが大変だけれど、そのたった一つの壁さえ乗り越えられたら変わっていくはずだ。そう思っている。

そこまでの欠乏は感じていない気がする。多少の欠乏欲求を満たすことと、高次欲求を満たすことが求められる。劣等機能を用いて心身のエネルギーを得ることと、社会的に尊重されること。親愛なる人が近くに居てくれ、内的なエネルギーを活かし、社会的に認められること。それがあれば、神経が高ぶることはなくなりそうだ。そんな理想。現実的な理想。

 

在るべき日々の形は見えてきた。後はそれを実行に移していくのみ。

日々の全体的なことは見えている。目標へ辿り着くためには、始めの一歩からだ。初歩的なことから始めること。一番手前にあるステップからこなしていくことだ。それが大切だろう。それだけを考えれば良い。

まずは正の感情を得ることから。全てはそこから始まる。

でも、一般的な周りの面々と交われないのであれば、一体どうすれば良い?たまに数時間会ってくれて、一人の時間を長く設けることに理解がある人など居るだろうか?そんな人が現れたとしても、病める人間と付き合ってくれるのだろうか?

病を通じ、病める同類と関係を築くか、チャンネルを設け、バーチャル空間でそのような人と繋がるか、そのどちらかだろう。あるいは何かの生き物が近くに居るかだ。その可能性も浮かぶ。病める人間か、バーチャル空間で繋がった気になるか、猫などが居てくれるか。

それらが頭に浮かんでいるのにも関わらず、何も行動に移せない自分。変わらない日々が続き、やるせなくエネルギーを空回りさせるだけだ。

デイケアへ通うか、何かの遊びから始めてみるか、いつかの貸家を引っ越す日を待つか。そのどれかだ。

マズロー関連の本にこう記されていた。

死を思え  余命が一年だと想像してみる。」

メメント・モリ。余命を知ることが出来れば、自分は一体何を求めるのだろうか。一番必要なものが見えてくるはず。

やはり、親愛なる人との関係を築きたい。それを取り戻したい。それが初めに浮かぶ。

もうひとつあるのは、もっと積極的に発信したいということだ。もっと誰かに文章を読んでほしい。読んでほしいと言うより、もっとだれかと繋がりたい。誰かと共感しあいたい。誰かに届くはず。良いように思ってもらえる誰かに届くはず。そう感じている。そう感じてしまう。積極的になりたい。社会的な承認を得たい。それが得られると思ってしまっている。

マズローの言葉を借りれば、能力は欲求でもあり、欲求は能力だそう。

さあ、一体どうなる?どうなると思いますか?教えてほしいよ。

社会的な承認は、自己実現にも関わるだろう。欠乏が満たされないうちに、擬似的に成長するのは危険だ。その段階に相応しく至るのには、前段階が必要。基本的欲求を十分に満たすことだ。それがあってこそ、高次の欲求を満たす事が出来る。成長のための確かな土台となる。土台がぐらついてはいけない。確かな基盤を得ることだ。

日々の満足があれば、無理をして食事を摂ろうとしなくて済む。ストレスを緩和させることだ。それは欠乏を満たすこと。満足とは欠乏欲求を満たすこと。それが叶った時、身体の調子は明らかに変わるだろう。体力も得られ、心身の状態も変わっているはず。

勉強や捉え直しは進んでいる。後は時が来るのを待つ。

未来はわからない。不確定だ。まだまだだ。

もうすぐ変わっていくはず。そう信じよう。いや、既に誰もが変わっている。いつか何かに繋がるはずだ。

明日も生きましょう。

 

また明日。

 

参考文献:

マズローを読む―著作から読み解く人間性心理学

マズローを読む―著作から読み解く人間性心理学

  • 作者:明, 中野
  • 発売日: 2018/05/01
  • メディア: 単行本
 
完全なる人間 [第2版]:魂のめざすもの

完全なる人間 [第2版]:魂のめざすもの