欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

理知的な意識と認識 階層的な順序

昨日は通院日だった。明けた今日、祖母宅で記している。空には薄雲が広がり、強い日差しは届いていない。辺りには今日も白い光が差している。セミの鳴き声もまばらに聞こえる。

 

昨日の体調は、それなりに良い方だった。前日の夜が快調で、とても運が良かった。それが良い材料になったと思う。睡眠の質も悪くなく、普段より少し早く目が覚める。そこからすぐに身仕度をする。

起きてすぐの寝床では、すぐに診察のことが浮かんだ。そのことが真っ先に頭で回転する。すると手汗が出てきた。それが足にも出てくる。その水分が蒸発し、すこし冷えた。その感触と同時に緊張が増した。何だか少し気分も悪くなった。

でも、すぐさま呼吸を整えた。「何とかなるだろう」「そうするのだ。そうするしかない」と、胸の中で言い聞かせる。落ち着いて息を吐く。それでいくばくかは楽になった気がした。身体を起こし、食前の漢方を飲む。

 

朝食はそこまで悪くなかった。先月の好調さと比べてしまったけれど、そこまで振るわなかった訳ではない。許容量を食べ、腹を落ち着かせる。

便通もあり、朝にある身体のルーティーンを済ませた。この時にきつくなることがあるけれど、あまり辛くはなかった。体力はそこまで落ちていない。前日にまとまった食事も摂れたのだし、それも重なったのだろう。他の準備をし、出発の時間を待つ。

ただ、その出発時間までが長い。それはいつものことだけれど、一時間半ほどある。出発までに朝食の消化は終わるため、診察のあいだは空腹になる。その時間を減らしたいといつも思っているけれど、やはり色々な都合はある。

 

診察では、最近の大雑把な体調を伝えた。色々な背景や推移はあったけれど、大まかなディテールを伝える。

予想通り、診察室では頭が白くなった。それがあり、何をどう言ったかは覚えていない。それでも、「色々ありつつも、直近では良くなってきました」と伝えたと思う。

散歩が難しかったことや、それが体調について大きなものだったということ。少し体重が落ちたことを伝える。

そこでほんの少し、ドクターが心配そうな雰囲気をした。その瞬間、空気が淀んだのを感じた。「あらら」といった挙動をわずかに感じた。それはわずかなものであっても、それが頭に焼き付いた気がした。

それは実際のところだったのだろう。でも、ドクターは現実や事実を把握するしかない。それをしたまでだ。きっとそうだ。

それでも、少し引っ掛かるような感触がした。これからの自分が引っ掛けそうなのだ。診察の印象としてこびりつかなければ良い。

 

直近で復調したこともあり、大きな問題にはならなかった。それで大まかに診察が終了する。

その後に、自分がワクチンについて尋ねた。「ワクチンを打ちたいのですが、最近の体調で打っても良いのでしょうか」と。

それについて直接の答えはなかった。そのことは、恐らく大きな問題ではなかったのだろう。それが答えだ。素人としては、インフルエンザワクチンと同じようなものであれば良いと思っていた。ただ、それはよく分からなかった。

何か問題があるわけではないのだろう。重要なのは、打たないという選択肢を選ばないことだった。「副反応のこともあるけれど、打たないことの害の方が大きい」とのこと。

ドクターもきっと接種をされたのだろう。プロの従事者がそうしたのであり、それを積極的に勧められたのであれば、もちろん答えはひとつだ。次の診察では、解熱剤をもらうことになった。

 

先月にこの話をしなかったことが悔やまれる。体重低下の不安により、相談を見送っていたのだった。

今はそれよりも少ない体重なのだから、十分な余裕はあった。今になればそうやって振り返ることが出来る。でも、その時には分からなかった。色々な背景があり、相談することをためらってしまった。

先月の時点で接種の予約をしておけば、今月中には接種が出来た。直近の時勢を見ると、これが大きなミスになったのではないかと恐ろしい。

どうか命運が決まっていないことを祈る。

 

それ以外に大きな事案なく、診察が終わる。年金の話については、初診日の証明が必要につき、来月へ繰り越しになった。

かつて通っていた病院へは、母に相談へ行ってもらった。どうやらカルテは残っていたらしい。

そのことを事務の方に伝えると、相談員の方が話をして下さった。初診日の証明は必要で、それと照らして整合性を取るとのこと。少しリアルで生なことが窺えた。

 

会計も終わり、順調に帰路に就く。病院の近くの店には寄らず、自宅に一番近いスーパーへ行く。

自分は診察を通し、二重にマスクを付けている。ここで命が危ぶまれるのは嫌だった。命運は既に決まっているのかもしれないけれど、何とか抵抗する。

 

午前のうちに帰宅する。そこまで疲労しておらず、食欲が湧いていた。かなり良かったと思う。

すぐに昼食を摂り、ワクチンの予約申し込みを確定させる。そのすぐ後、申し込みが完了したとメールが届く。これでせめてもの安堵になった。

でも、それは1ヶ月半先だ。辛うじて残っていた一枠だったものの、どうしても過去の自分の思考が悔やまれる。1ヶ月半の空白期間が確定した。それは生身で危ない期間だろう。親の接種はもうすぐだけれど、自分という当人がまず接種しておきたい。

どうにも悔やまれるけれど、田舎住んでいることが救いではある。無い物ねだりをすることが多いけれど、今般ばかりは助かっている。入院中でないのも良かった。どこかにボタンの掛け違いがあれば、どうにかなっていたのかもしれない。

診察日の前には、「そこまで悲観的にいなくても良い」と意識するように試みていた。ドクターは厳格でも権威的でもない。そのことは知っていた。体調を把握しようとするセンサーはあっても、不調を咎めることはない。理知的な意識は、それを理解することが出来る。

「気楽に考えるべきだ」という認識を持つことは、正しいことだと思える。その真の意識を持つことは難しくても、表層の自我がコントロールしようとするのは適切だろう。

その辺りのことを、診察後の振り返りで思っていた。

 

こういった体験を積み重ねたい。心の資源になるような、成功体験を積み重ねること。アーロン博士の著作にもそう記されていた。

そうすれば、いつか体調コンプレックスが働かなくなるかもしれない。自分は、些細な取り留めのない不安を膨大にしてしまう。それに一人で押し潰されるのが常だ。その癖を和らげる方策を生み出していきたい。

体重の重要性や扱い、体力の認識、病院での印象、これらの相応しい認識を持っていたい。それらを適切に抱えること。それらによって、すべての自尊心を奪われることはないと理解することだ。

 

負の領域の循環は、まだすべてを把握していなかったのだろう。まだそれを体験しきっていなかった。

感情による病的な無理のしすぎはなくなっても、すぐさま正の領域に進めるわけではない。建設的なエネルギーを得るまでには、いくつもの障壁がある。

それを越えられないで低迷するうちは、まだまだ不自由が湧き出してしまう。今はそれをまた捉え直し、精密な把握に努めている。

病的な無理のしすぎがなくなり、また大きな不安もなくなれば、ある程度は食事を取ることが出来る。それは最低限の体力を生む。それさえ得られた場合、正の領域へ進む原資となる。

それが確保できるのであれば、何も心配はいらない。焦燥感は持たなくても良い。不安を思うよりも、やるべきことはある。

 

不安があるのであれば、真っ先に誰かと共有して解決することだ。最近ではそのことを学んだと思う。

体調への焦燥、ウイルスへの不安、これらを一人で抱えても仕方がない。ドクターへ正直に話すなど、工夫をしてさっさと解決しなければならない。

 

これからやるべきことも、だんだんと理解しつつある。マズローの動機付け理論のように、階層的な順序が見えつつある。

まずは病的な無理のしすぎをなくすこと。これについては、既にほとんどが解決済みだ。

そうなれば、次は安全を得ること。それを得るためには、やはり運動をすることだ。運動をすることで、身体の調子が整う。食欲も湧くし、それによって更に活動の幅が広がる。

その豊かな活動が出来れば、それに随伴してくるのが体力と体重だ。

 

運動によって身体が上向けば、欲求にも変化が現れる。暇を覚えたり、狭い家で過ごすのが嫌になってくる。それは十分な安全の満足がもたらすものだ。そうなれば、より高次の欲求を満たすことが必要になる。

所属と愛の欲求は、対人関係による欲求だ。集まりに出て、誰かと親密になること。それがまず必要なのだろう。

その後にはあるのは、自尊心を得ることだ。そこから派生して、総合的には尊厳を得ること。人から尊敬されたり、それによって自分で自尊心を持つこと。その段階もある。

それらの欲求が満たされたのなら、欠乏はなくなる。それは負の領域を抜けることだろう。そこからは、存在という正の領域に入る。大方の満足は満たされ、何かの作業に献身し、無欲で無我に成長を続ける世界。それが存在の日々であり、自己実現なのだろう。

 

ただ、それをどう叶えるかが問題だ。かれこれ記していように、行く場所や会う人がいない。一番の理想は、現実で生身の人間と触れ合うことなのだろう。その選択肢は何年も近くにない。少し遠くにはあっても、そこへ通うには難儀なのだ。

 

これから秋冬になるのは、せめてもの良い材料となる。それはある。これから体調管理はしやすくなるだろう。運動が出来れば、より安全が得られるかもしれない。そうなれば、より基礎的な体力が得られる。

でも、そこから安全の過剰満足に陥るかもしれない。それが春頃だったのだ。暇やフラストレーションによって、神経が高ぶってしまった。その高ぶりを収められなかったのは、どこにも行く場所がなかったからだ。

 

これからは、まず運動をすることが一番だ。それをすること。今はそれを考えれば良い。その先の日々がどうなっているかは分からない。そこまで神経が高ぶっていないかもしれない。ひとまずは、運動を着実にすることだ。

自立や自活へ向けて、何をしようか。それを考える。常に考えている。自活のために何をするか、生活のために何を構築するか、それらを色々な状況に落とし込んでいる。

体調をどのように底上げするか、それはどのような選択で可能になるのか、それらを日頃から考えている。主に内的に費やすなかで、体調の考察をしたり、生き方を考えている。

ただ、それらはまだまだ漠然としている。体調の推移は読めないし、それがあってすべてが見えない。どんな生活をしようかと考えても、自分には前提がない。その前提がない以上、日々に成果もない。目立つ進展もない。

来年は一体どうなっているのだろうか。まだ負の領域を循環するのか、それとも何かの変化が変遷をもたらすのか。

どうなのだろう。全く分からない。読むことも出来ない。

 

ただ、月が変われば何もかもが変わっている。一週だけでもそれはあるのだ。それは年が変わればより顕著になるだろう。

何かの幸運が待っていることを願う。それに出会えるような人間に成長したいし、またそれを掴みたい。

 

あなたはどんな生活をしていますか?

 

また明日。

 

参考文献: