欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

創造的な日々の喜び 内的な束縛の解放

今日は晴れている。日差しがそれなりにあり、気温も上がっている。夏日に迫るような温度で、この時期では平年並みの気温だろう。午前は薄着だと寒かったけれど、散歩に出れば身体が温まった。日に当たれば暑かったくらいで、残暑といった感じがした。

これくらいであるのならば、病人の身体でも耐えられる。また春のような感じもした。

秋は命の終焉を感じる。今日はそれよりも、命の新鮮さを感じた。爽快な輝きがあった。

直近の調子は、変わらずまちまちだと思う。そのなかで全体を通して見ると、食事の平均量は維持されている。

散歩の効果はそれなりにある。やはり、歩くと効果を感じられることが多い。食欲が湧いたり、早期膨満感がない時が増えてくる。大体の調子は整っていると思う。

食欲の程度、早期膨満感、胃袋の持久力の有無、これらで決まってくる。それに加え、無理をしすぎないこともある。これらのバランスが整った時、調子は落ち着いてくる。そこから体重も増えてくるはずだ。

 

ただ、数字は変わらず増えていない。減ってはいないけれど、増えてもいない。最低限の満腹はあるものの、それは最低限の摂取エネルギーでしかない。

それでも、そこまでの不調は感じていない。体力は落ちていないはずだ。内的に費やすことや、歩くことも出来ている。歩いた後に辛くなることはあっても、日常がままならない程ではない。

体調は落ち着いていると思う。だけれども、順調に上向いている訳ではない。体重はギリギリの水準だ。本当に最低限の体力だ。いつか落ちてみればそう解る。

 

歩く回数は多いと思う。天候が良ければ、午前と午後の二回歩く。それをすれば、かなりの確率で調子が良くなる。直近では雨が降っていたものの、歩かないのは中一日程度だった。

このままの調子が続いていけば良い。そして、出来れば前述の要素が噛み合えば良い。食欲が安定して湧き、すぐ満腹にならず、ある程度は食べられるようになること。少し上向いても無理をしないこと。務めて頑張りすぎないこと。それが大切だ。

 

まだ時間が掛かるのだろう。何か欠けている要素があるかもしれないけれど、それは思い付かない。

ひとまずは歩き、調子を落ち着かせる。そこで安心を得て、胃袋のそれなりの持久力を得る。それが確保されたのなら、安定してエネルギーを摂取できるだろう。その軌道に乗っていきたい。

最近は、なるべく内部信号を聞き取ろうとしている。日頃からそう意識し、試みてはいる。

でも、依然として病的なままだ。寝る時間、起きる時間、食べる時間を固定してしまう。内なる声を掻き消し、外部の信号(時間)を頼りに生きてしまっている。

起きる時間は少し変えられたりする。ただ、それは早く目が覚めた時だけだ。早く目覚めたからこそ、時間に余裕が出来る。そうなれば、身体や頭体が動き出すまで待っても良い。ただそれだけのことだった。結局は、内なる信号を大切にしてはいない。

 

動画クリエイターの動画や、一般人を取り上げるテレビなどを見ていれば、好きに生きている人たちを見受けられる。昼頃まで寝ていたり、気ままに食事をしたりしている。

自分も何も束縛はないけれど、どうにも窮屈だ。習慣による擬似的な無理のしすぎだと思うけれど、とにかく規則が第一になってしまう。

寝起きは楽にしても良いものだ。自分には何も束縛がない。身体が整うまで床に居て良い。朝食も胃が動くまで待っても良い。散歩へ行くのも同じだ。気が向けばで良い。遊びもそう。義務もそうかもしれない。全て気の向くままにすれば良い。

 

それが出来たらどれほど楽だろうか。何故出来ないのだろう。深くは思い付いていない。親の感情を考えたり、自尊心を得ようと試みているのだと思っている。

その束縛から解放されたい。これも基本欲求の満足で得られるのだろうか。そうなれば、神経が高ぶることはなくなる。となると、万事が解決されるだろうか。

 

このようなことを書いても、誰が共感できるのだろう。少なくとも、同じような状態にいる人を見たことがない。はてなでも、noteでも、Twitterでも見たことがない。

過去の自分か、ほぼ同じような境遇の人へ向けて書いている。動機は記録の意味が大きくても、やはり孤独な行いだ。

変わらず内的に過ごしている。何回こう記したのだろうか。それくらい変わらず日々が流れている。

知り、学び、感じ、考え、記す。後は、歩く、聴く位だろう。それなりのインプットをし、自分なりの蓄えをしているつもりだ。自分にしか過ごし得ない体験と、情報の集積。それをまとめる習慣。アウトプットのための日々と言える。

でも、そのアウトプットに成果はない。あまり面白くないし、義務となっている。これが人生の中心かと思うと嫌になる。現実を生きなければ、身体に由々しきことが起こり続ける。

 

その逆に、それらを日々の中心にしたいと思う日もある。それは何故だろう。体調が悪い時だろうか。刺激追求性が弱まっている時なのかもしれない。

主に読書を中心とし、知り、学び、何かを記す。それで良いのではないかと思ったりする。日々の切迫はないために、生活は全て操作できる。これは大きいと思う。

好きに内的に費やすなかで、たまに人と会う。家事や買い物をしたり、用事があれば出掛ける。そのような日々が良いと思ったりする。

 

一番大切なのは、身近に親しい人が居ること。それが全てだろう。行く場所があり、会う人が居ること。そこで愛され、尊厳を得ること。

幸福とは、親しい人の有無が左右するらしい。幸せは、物質的な満足があっても、仮想的な刺激を感じても得られない。生身の人間との触れ合いでこそ得られる。そこで感じる喜びが欠かせない。

 

孤独は良かれ悪しかれ、異常な体験をもたらす。それは退屈などでもそうだろう。基本的な心理満足が得られない限り、由々しきことが起こり続ける。

マズローの原典では、アルコール中毒患者について記されている。「心理学者たちは、その人たちについて『基本的に意気消沈した、人生に退屈した人間』と記述している」とのマズローの記述があった。

人生は意味を持たなければならないそう。生命に価値を与え、その価値あらしめるような強烈な瞬間が必要だ。それは喜びだろう。マズローの概念で言えば、至高経験だ。

恐れがなく、所属があり、愛情があり、人に尊敬されること。別の言葉で言い換えれば、人生が有用なものであると感じられなければならない。さもなければ、人間性が縮小してしまう。

それがノイローゼの原因だ。それにより、自分はたくさんご飯が食べられない。

春頃に記したように、親愛なる誰かと過ごさなければならない。愛情による親しさと、友情による親しさ。それらが必要だ。

それによって健康になるし、現実を生きることが出来る。何かに無欲で献身し、成長に費やせるのだろう。仕事でも打たれ強くなるし、神経の高ぶりもなくなる。

満足は欠かせない。たまに会う人がいてこそ、心身が満ちる。それが日々の糧になるし、諸々の無理のしすぎもなくなるだろう。内部信号も聞き取れるようになる。美味しくご飯を食べられる。

 

バーチャルな空間で創造的に生きるとしても、現実での喜びがなければ潰れてしまう。それが得られる関係を築くことが大切だ。

考えは煮詰まっている。それでも、まだまだ変わっていかないのだろう。それは今までを振り返れば解る。

どうすれば良いものか。インターネットの力か、自分の能動性か。

時が過ぎる。年が進む。内的な細かい変化はあっても、日々の進展はない。人生が進んでいかない。

 

まもなく次の通院日を迎える。その時には、世の中の概念と対峙するのだろう。社会の約束事と格闘すると思われる。悲観的な想像だけれど、また泣くようなことがあるかもしれない。

少し前、夢でよく激怒していた。病院でだったり、祖母宅でそうなっていた。

そうなる理由としては、そこに自尊心を傷付けてくるような相手が居るからだ。かつての主治医や、癖のある祖母、その人物が居る場所で怒っている。

それらと相手をしていると、果てしない感情になる。絶対的で圧倒的な、揺るがないものに対する怒りが湧く。

何故そこまでして傷付ける!無知は暴力なり!と、大人の不出来や至らなさを思う。

 

数日前もそのようなことがあった。母が次の診察のために、年金を申請する際の書類をまとめてくれていたのだった。

卑しく言ってしまえば、母は「仕方ないのだから、得するためにあの概念を使うよ」ということを言ってきたのだった。

自分はセンシティブパーソンであり、ノイローゼに見舞われている人間だ。それでしかない。そうなのにも関わらず、以前誤診された病名を使うそう。

人と目を合わせられないのは、相手の目からの刺激が強いからだ。合わせたいけれど辛いだけだ。それだけのこと。それを自閉スペクトラム症と診断したドクターがいた。自己を守ろうと無理をしすぎるだけなのに、摂食障害と診断したドクターがいた。

 

よくここまで生き延びたものだ。病歴を辿る書類に目を通し、そんなことを思った。およそ十年もこの状態でいる。よく事切れずに済んだ。頭もおかしくならずに済んだと思う。いや、それは不可逆になってしまったか。

その時は、本当に耐えられないと思っていた。身体を悪くするために病院へ通っていたようだった。それはドクターだけでなく、教師と学校、親もそうだった。

 

母にそう言われた時、それは寝る前だった。床に就いた後も、なかなか頭が鎮まらなかった。今まで蓋をし、隅で埃を被っていた感情が顕現した。それは爆発したのだった。寝るまでにかなりの時間がかかった。

夢の怒りもそうだ。祖母宅で憤怒するのもそう。家族や親戚に対し、屈辱を爆発させている。

 

もう、知性の低い人とは会話をしたくない。そんな人が多すぎる。皮肉にも、そういう人に知能はあったりする。机上の設問を乗り越えるだけで、まともな立場を得たりしている。少しまともなだけで、子供を設けたりもしている。

その人たちは、替えの利かない立場に手招きをされたわけではない。自ら手を上げたのだ。その人たちの方が、その立場に苦を感じないことが多い。何たる由々しきことだ。

これはここまでにしよう。

自分の疾患や、不自由がどこまで認められるか。酷い体験を繰り返さないことを願う。

忍耐は続く。

 

また明日。

 

参考文献: