欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

最後の捉え直し 成長の道程

どんどん秋が深まっている。祖母宅から見る秋の空。午前には、数日ぶりに散歩へ出た。秋晴れの空で、心地が良かった。はけで掃いたような雲や、うろこ雲が広がるこの頃。

日の光も和らぎ、鮮やかで儚げな感じがした。繊細な美しさが広がっている。晴れると心も晴れてくる。この時期にある独特な風情。

風、匂い、光、これらの微妙な変化がある。命が終わりゆく季節。秋の陽光に照らされて、命が燃えていく。最後の最後の灯が燃え、やがて尽きていく。その絶頂を思う。

体調はまちまちだ。良い日もあるし、悪い日もある。変わらず凸凹のある推移だ。調子が落ち着いたりもすれば、それによって無理をしてしまったりもする。

胃の強度が増したように感じた時はあった。でも、その次の食事で無理をしてしまう。あれほど腹八分で抑えようと意識していたのに、どうしても食べすぎてしまう。厄介な頭だ。

ノイローゼとしては自然といえど、どうにかならないのだろうか。そのための結論は出ているけれど、それを手繰り寄せられない。自我の力だけではどうにもならない。必要なのは、他者との交流だ。

 

調子が良くなった時は、その状態を維持させることを誓う。でも、結局は無理をしてしまうのが定番だ。またすぐに胃が苦しくなる。

その誓いを立てる時は、経験で先の流れが分かる。実際は全て分かっている。その先の経過は、悲しくてやるせないものだ。気が付いたら無理をしている。また腹の苦しさを感じ、それを背負う気持ちにも襲われる。

 

変わらず推移していることを嘆く日々。どうにも何とも出来ない。やるべきことは解っていても、それを行動に移せない。

カリキュラムは鮮明になっても、それを学ぶための場所がない。会う人も居ない。自分のような人に会ってくれる人など居ない。その限度も鮮明になってしまっている。そして月日は過ぎていく。

 

どんどん歳を重ねてしまう。今年も十週を残すところだ。気が付けばそうなっている。何をしてきたのかを思い出せず、ただ時間が経っている。

社会的な年代に見合わず、何も成長していない。社交の場面では、幼児のように神経を高ぶらせている。皆が成長するなかで覚えていくものを、自分は感じ取っていない。周囲は信頼のおけるものであるとか、世界は安全であるとかを思えない。

 

それは、関わりのあった人との出来事に原因がある。周囲のニーズを叶えようとした自分と、その事を理解できなかった周囲。責めはその人たちにあるのか、はたまた自分にあるというのか。

答えなどない。さかのぼれば、出生の瞬間まで辿ってしまう。

全てを受容するしかないのだろう。それしかない。自分が全てを抱き合わせ、向き合うしかない。善し悪しも何もかも、全てを無視すること。

そのような心境に達すれば、後は努力をするだけになる。そうすれば、遠回りの末に辿り着くのだろう。在るべき日々というものに。

 

来年はどうなるのだろう。二十一歳になる。いつか幸せを取り戻せるのだろうか。

若い歳に相応しい過ごし方をしてみたかった。それだけはどうしても欲しい。

理解のあるパートナーが、ただ一人居てくれたのなら良い。それだけを望んでいる。

でも、病める同類しか居ないのだろう。食事も出掛けも何もかも、自分はまともに出来ないのだ。

 

ついこの前、母の食べるものを見て、母に「美味しそう」と言った。すると母は、「こんなものも食べられないのだね」と返した。

そうだ、その通りだ。自分はまともに食事を摂れない。そんな人間は、同じものを食べ続けるしかない。食事の喜びを失ってしまっている。

可能ならば、食事と引き換えに完全栄養食を手に入れたい。それを永遠と得られる契りを交わしてみたい。それしか食べられなくなるけれど、それさえ食べていれば良い。そんな契約があるのなら、結んでみても良いだろう。

まともに食事が摂れない人間は、何もかも手が届かない。人も、物も、生活も、全てに手が届かない。

 

このままの生活を続ければ、このままの生活が続く。すぐに時が経ち、振り返れば無を思う。そんな時はすぐにやってくる。何も変えられなければそうだ。自分に力がなければだ。

すぐに三十路にもなり、親は老いてしまう。三十代の幼児的欠乏症者と、古稀の老人二人。幼く哀れな病廃人と、何も理解が出来なかった親。

誤りも過ちも、彼らからすれば酷なものだろう。それを背負わされても、もうどうすることも出来ない。過去の償いなど、もう出来ないのだ。

腰を上げて働くことも出来ず、ただ時が経つ。近くには誰も居ない。

直近で無理をした時に感じたのは、余裕を持ちたいという気持ちがあったということ。それが自我を上回り、意識を左右していた。根底にあったものは、好不調コンプレックスだ。

不調に見舞われたくない心理と、身体を上向かせたい心理。常にいずれかが発動してしまう。慢性的に不調は続くし、好転すれば好調を思う。常にどちらかの心理にいて、意識が左右されてしまう。

これがあり、スムーズに調子が上向いていかない。至るところで無理をしてしまう。その種は常に湧いてくる。胃の強度は落ち着かないし、たくさん食べることも出来ない。

 

直近で気付いたのは、好調コンプレックスの中でも、在りたい日々を過ごしたい気持ちが強いということ。無理に繋がってしまうのは、正の領域に達したい気持ちからだろう。そうなってしまうのは、やはり欠乏の存在が大きい。

豊かで報われた日々を送りたい心理。それは正の体調コンプレックスだ。身体の水準を通し、建設的な日々を送りたいコンプレックス。

豊かな日々とは何かというと、欠乏が満たされる刺激的な日々だ。少なくとも、今よりは刺激が必要だ。バランスを取りつつ、人と会い、集まりに属し、自尊心を得ること。基本的欲求を満たし、健康になることだ。そうやって可能性を活かしていく。

それが豊かな日々だ。それを追い求めている。

 

可能性を活かすまでの要素が土台だ。それが基本的欲求であり、欠乏欲求でもある。それが満たされた時、好調コンプレックスは鎮静化する。在りたい日々を得ようと無理をする必要はない。

それは劣等機能を用い、主機能を活用することでもある。外向感覚によって事実を感じられたら、内向直観が不確かな心象を映すこともなくなる。特性の発展であり、個性化でもある。

豊かな日々が得られたのなら、身体を上向かせようと務める必要はなくなる。フラストレーションを晴らす必要はない。既に満足があるのだから。

 

負の体調コンプレックスとしては、心身の存続にまつわるものがある。それは肉体的な生死にまつわるものと、精神的な安全を得るためのもの。

かつて栄養失調により、肉体の危機があった。それは自我の力だけでは解決できなかったもので、トラウマとなってコンプレックスが生まれた。その好ましくない力で対処しようとしてしまう。

肉体的な存続の危機に対し、親やドクターから警告を立てられていた。極度に補給がなければ、命に関わる。その危険を後になって理解すると、恐怖をまざまざと感じた。

 

精神的なものは、周囲の扱いによるもの。家族から不調を強引にケアされ、拉致されるように入院することになった。自分はかつてそう思った。そしてドクターからは、誤った診断をされる。概念が未熟だったせいもあるだろう。摂食障害発達障害療育手帳の勧め、これらのレッテル貼りをされた。それに傷つけられた。

その痛手により、「不調であると自尊心を傷つけられる」と学んだ。そして、その成されたことの反動として、自分に対しても強引にケアをしてしまう。そのして危害を回避しなければならないと思ってしまう。

自分で自分にプレッシャーをかけ、無理をさせて身体を上向けようとすること。そうやって存続を保とうとしてしまう。これが不調コンプレックスだ。

自我の力で何とも出来なかった事柄は、今も変わらず近くにある。過去と同じように、今も自我の力で制御が出来ていない。好不調コンプレックスのいずれかが顕在化し、ノイローゼとなって苦しみに見舞われてしまう。

 

身体の余裕を持ちたいという心理は、肉体的な存続を保ちたいから。そのためには、身体を強引に上向かせるしかない。そうやって叶えようとしてしまう。

親を喜ばせたいという心理もある。それは精神的な安全を得たいから。親が自分の容態に安心すれば、何も干渉してこなくなる。親は自分の健康を望んでいる。そのニーズを満たせたのなら、親も助かるし、自分も助かる。精神的な安寧が得られる。そのためには、身体を強引にでもケアすることだ。

 

無理のしすぎの根源はこうだ。最近の捉え直しにより、より原因が鮮明に浮かび上がった。マズローの言う、「欠乏欲求が満たされた時、神経症は治癒される」という記述の実際を考えていた。

それを考察していると、やはり欠乏がコンプレックスを形作っていることが解った。

過去の愛や尊敬を欠いた接し方と、今の愛や尊厳のない日々が原因なのだ。それがあり、病的な安全の希求をしたり、在りたい日々を盲目的に得ようとしてしまう。それらが健康を阻害し、可能性の萎縮をもたらしている。それもまた病的な日々を生む。

 

大まかな流れが解った。とどのつまり、家族と和解して過ごし、刺激と欠乏の満足を得ることが欠かせない。それらの満足が健康を生む。

ノイローゼの治癒がそこにある。そうすれば、人格の成長が始まっていく。それは積極的な健康をもたらす。

 

社交不安におけるコンプレックスもそうだ。かつて神経が高ぶった際、周囲は適切にケアしてくれなかった。それは幼少の頃のことではなく、少し大きくなった時のこと。高ぶりによって身体がダメージを受け、苦い体験をしたことがある。

自分は不安がある時、吐気を催す。かつて過度に神経が高ぶった時、皆の前で空えずきをしてしまった。それによって周囲を不快にさせてしまったと思った。

いや、それが事実ではなくても、自分はそう感じた。少なくとも周囲を驚かせた。その経験や感情が、今も頭に焼き付いている。

特に神経が高ぶるのは、慣れない場面や、人がたくさん居る場所に行く時だ。そこで高ぶって吐気を催せば、誰も助けてはくれない。そう思ってしまう。実際、過去に誰も助けてくれなかったのだ。

 

心に欠乏があれば、嫌な原体験が意識を支配する。周囲に迷惑をかけてしまうかもしれない。そんなことは絶対に避けたい。

そんな気持ちが幼児的な不安感を生む。本来であれば、主に親との愛着関係を通じ、成長の過程で学んでいくものだ。外の世界は安全だと感じ、周囲は信頼が出来るものだと知る。だんだんと安全の資源を得ていく。

 

周囲は信頼できるものであると学ぶこと。そのためには、改めて愛と尊厳を感じることが必要だ。生身の人間と触れ合い、心を許すこと。そうやって安定的な関係を築くことが出来れば、社交の場面での資源となる。恐怖に打たれ強くなり、神経の高ぶりにも対処しやすい。更には好調コンプレックスも収まる。

これも劣等機能を用いることによる、内向直観の健全な活用と重なる。人は優れている特性をよく使う。でも、それだけしか使えなくなってしまえば、不適切なエネルギーが生み出されてしまう。それは心身の消耗に繋がる。

主機能を好ましく使うためには、普段使い慣れていない機能を使うこと。自分で言えば、劣等感覚を使うことだ。そうやって正の感情を得ること。それが愛や尊厳だ。

そうすれば、不確かな内的心象を作ってしまうこともなくなる。社交不安はなくなり、健康になる。そして、特性の可能性を最大限まで発揮できる。

それが自己実現であり、個性化だ。そして天職との邂逅でもある。そうなれば、唯一無二の幸福を感じられ、成長に没頭することができる。欠乏は満たされていて、あまり満足を求めない。その代わり、成長という際限のない刺激を求め続ける。

 

好不調コンプレックスのそれぞれの比率は、在りたい日々を得たい心理が五、家族を喜ばせたい心理が一、肉体の危機を乗り越えたい心理が四、くらいだと思う。つまり、「肉体の安全を得て、在りたい日々を実現したい気持ちが強い」ということだ。正の欲求が強くある。

誰でも良いよ、マドンナが現れてほしい。聖母さえ居てくれたら良い。病める同類でなくても良いから、身近に誰か居ておくれ。

夢破れたマドンナでも居ないかな。この故郷へ戻ってきておくれよ。

望みと言えばそれしかない。フリースクールは刺激が多すぎる。そこへ行って病を癒すのは不可能だ。それが第一の選択肢ではない。

順序が逆で、欠乏を先に満たさなければならない。そうした後でなければ、社交の場には出られない。刺激に耐えることが出来ず、社会的なスキルなど身に付かないのだ。

 

身近に親しい人が居ること。小学生時代は、友達が居たことで心身が満ちていた。劣等機能を用いて欠乏を満たしていた。ただの外胚葉型でいられて、少食なだけだった。

強迫観念によって無理をすることもなく、周囲は敵意に満ちているとも思わなかった。遠足にも行っていたし、刺激に耐えうる幅が広かった。

マニュアルとカリキュラムの完成が近い。最後の捉え直しをしていると思う。

これからの日々で成長していけるか。新たな人間関係を築き、一から人生を学んでいけるかだ。その道程を一からこなしてこそ、まともな日々が得られる。

 

後は切っ掛けくらいだ。それさえ掴めば、何とでもなるだろう。それ以外だと、単純に生き長らえているかだ。

 

また明日。

 

参考書籍: