欠乏の不定愁訴ブログ

日々の気付きと過程の記録

現況から理想まで 行動の視線

ワクチンの接種から数日が経った。前回に記した後、色々と災難があった。ワクチンの影響もあったし、自分が抱えているものの発現もあった。

接種翌日だった前回は、腰の筋肉痛があると記していた。それは副反応だったのだろう。それに加え、喉の痛みも朝にあった。これは副反応だと調べて分かった。その後になって、悪寒もするようになった。

この時点で検温でもすれば良かったけれど、祖母宅に体温計は持ち込んでいなかった。接種した翌朝に発熱しなければ良いと思っていた。知識不足だっただろう。平気だと思っていたら、時間差で反応が現れてきた。

そして、二十四時間後に熱が上がりだす。祖母宅へ行き、ブログも記した後の出来事。そうなるのは予想外だった。

 

三十八度くらいまで上がっていたと思う。熱っぽさはなかったものの、身体は熱くなっていたと思う。時間が経てば平熱に戻ったため、確かに熱はあったはずだ。

夕食前にかなり動揺してしまう。熱に耐えられるかということよりも、いつも通り行動したことで不安になった。それなりに作業も詰めてしまっていた。こういう事例を知っていれば良かったと思った。

空腹で夕食の時間を迎えたものの、一気に食欲がなくなった。不安もあるし、たくさん食べても良いか分からなかった。そして食欲もなくなっていく。いつも通り満腹になれなかった。

家族と色々話しつつ、すぐに眠ろうと思った。数口アイスクリームを食べ、寝る支度を済ませる。入浴もせず、テレビのゴールデンタイムの前に床に就いた。熱を測るも、やはり平熱ではない。

 

そこから眠気がなかった。入浴しなかったからか、満腹になっていなかったからなのかは解らない。

それは今になって振り返ると、空腹であったことが原因だろう。八~九時頃には腹が鳴り始める。満腹時のぜんどう運動ではなく、空腹時の運動だった。これもいま振り返ればそう思える。

アドレナリンが出ていたのだろう。眠ることが出来なかった。意を決して物を入れようと思ったのは、十時頃。ただ、怖くてスポーツドリンクしか飲めなかった。

その判断は最低限は良かった。一度眠ることが出来た。腹が落ち着いたからだろう。

でも、その数時間後には目が覚めた。空腹になってしまったからだ。空きっ腹に水分を入れたとて、すぐに引いていく。アドレナリンがまた出たのはすぐで、十二時頃には目が覚めていた。

しばらく布団の中で過ごす。直に夜が明けると思っていたけれど、時刻を見ると一時だった。絶望して闇の中に佇む。雷ではなく、胃の鳴る音がする。

 

そこから四時まで眠れなかった。何かを摂ろうとしたものの、別の事情があって食べられなかった。ただ、四時に水分を飲んでみると、腹に溜まって落ち着いた。そこから六時まで眠ることが出来た。

食事を摂るために起き出す。眠れなかったけれど、眠くなかったのは幸いだった。およそ十時間は目を閉じていた。それで粗方脳の疲労はなくなったのだろう。

 

食前の漢方を飲んだものの、腹が落ち着かない。それどころか吐気がする。空腹時間が長かったのか、状態が悪くなっていた。一時的な胃の消耗でもあったのだろう。いつもの食事を摂るものの、何口かしか食べられない。

スポーツドリンクを何とか腹に収め、再び寝床で休む。また起き出して、またドリンクを飲む。そうしていると、だんだんと腹の状態が落ち着いてきた。

昼食までは時間があったけれど、食べずにいた。それでも、時間になって漢方を飲むと、それなりの状態があった。

そこでようやく少し食べられる。満腹からは遠いものの、これから回復するだろうと思えるものだった。やっと安堵できた。

 

熱も下がっていたので、よくある副反応で終わった。副反応による消耗は少なく、許容範囲内のものだった。周到な準備をしていれば、何も問題はなかっただろう。

人一倍心配をしてしまったものの、大方は杞憂に終わった。予測できなかったことはあれど、今も生きている。

終わった今は無事に加え、災難から学ぶものがあった。それは大きな収穫だろう。最近の体調の考察において、有益な認知も得られた。案外悪くなかった出来事にも思えてくる。次の診察までに調子が戻ればよい。

やはり空腹時間を長くしないことだ。それに尽きるのだろう。単純にエネルギーが枯渇するし、胃の強度も上がっていかない。ごくごく当たり前の事かもしれないけれど、こういう気付きを今になって得た。

夕食できちんと食事を摂れば、睡眠の質も変わってくる。それにも気付いた。満腹で心地よく眠れるかが重要だ。夜中に空腹になれば、またアドレナリンが出てしまう。そうすると途中で目覚めてしまうのだろう。

これまでの睡眠の質は、その要素に左右されていたと思う。それが翌朝の食事にも関わってくる。

 

鉄則としては、大きく分けて二つ。食べすぎずに状態を整えること。これが一番の前提となる。それを土台とし、空腹時間を長くさせないこと。そして胃が空になったのであれば、何かを摂る。胃の状態が落ち着いているのなら、食欲がなかったとしても、多少は食べられるだろう。

これらを心掛けること。そうしないと、胃袋がぶよぶよのままだ。強度が増さず、一食も振るわない。

特に胃に疾患はないとされているし、時間が経てば状態は良くなる。無理さえしなければ、後は工夫で何とか出来る。ノイローゼの範疇でも、最低限は食べられる。

 

そうなれば、最低限の原資となる。工夫次第で自立に近付くかもしれないし、出来ることにも勤しめる。

後は公的な保証を待つのみだ。生活を保障してもらい、最低限の金銭的支援をしてもらう。その額は、未来で貰えるかもしれない定額給付とほぼ同じだ。部分的で制約付の生活支援だ。

そうやって生活を確かにすること。無理をする必要はない。それを認識していたい。それに加え、生産力が存続に関わる社会でなくなれば良い。

 

自分のベースで勉強をし、インプットを重ねる。更に、そこから生まれるものをアウトプットしていく。そうやって出来ることをすれば、未来は変わるかもしれない。社会の通念が変わってしまうかもしれないし、自分の経済力や健康も身に付くかもしれない。

それなりに体力があり、ある程度の活動もしていく。それを支える生活の保障はある。自分の行動もあれば、何かの要素で対価を得られるかもしれない。

後は幸福度を上げるために、生身の触れ合いを構築すれば良い。そうすれば、豊かな生活が得られる。

 

まだまだ諦められない。それが実のところだ。自分は褒められたことがあるし、愛されたこともあるだろう。

必要なのは、最低限の体力を得ること。それが一番の壁だ。それさえ乗り越えてしまえば、後は何とでもなりそうだ。

 

いつか都会に住めば、これらの条件で生きていけそうだ。親が居なくなってしまえば、後は行動していくしかない。窮ずればそうだ。外に出るしかなく、自分でやるしかない。そう行動していけば、徐々に刺激に慣れていく。

最低限の体力と、狭い生活圏に住むことが欠かせない。それがあれば生きていける。体力と交通機関に慣れたら良い。それだけで良い。お金も貰えるし、好きに稼ぐことも出来るかもしれない。

小さな人生を築きつつ、どこかで社交の場に出れば良い。インターネットでも出来るだろうし、可能性は転がっている。

今しばらくは、コンプレックスとの格闘が続きそうだ。そうなれば、ノイローゼの範疇で食べることも難しいか。だとすれば、やはり基本欲求の満足が欠かせない。でも、そうなると生活が行き詰まってしまう。選択肢は少ない。

内的な時間や作業は大切だろう。でも、それと並行して社交もすべきだ。そうしないと始まらない。

 

やるべきことは定まっている。今の日々は悪くない。下積みは着実だ。

 

また明日。

 

参考書籍: