欠乏の不定愁訴ブログ

日々の気付きと過程の記録

好調時の罠 負債と代償

何とか祖母宅へやって来た。駄目駄目な状態だ。「ここまでなのか」と思っている。「ここまで良くならないものか」と。春頃の調子は何だったのだろう。この低空状態から抜け出せないのかと絶望している。いつまで経っても本復調しない。

ここから数日は、食事量が低摂取で推移するだろう。そして2日後に通院日がある。絶望だ。行き帰りの行程と、それを支える体力。そして診察の内容。たまたま食べ過ぎてしまうのをどう説明したら良い?ここ数ヵ月間は、それなりの状態だと伝えてしまっている。

「3kgは減りました」と伝えることになる。いきなりだ。それまで嘘を付いていたと思われる。

確実に2日では治らない。体力も落ちるし、どうする?どう説明する?

一昨日の夜に失敗をした。早期膨満感があるなかで、脂ものを食べてしまった。それがいけなかった。その負荷があったのに、更に寝る前に物を摂ってしまった。その大きな負荷を生んでしまった。

翌朝はそれが祟っているのに、またも食べすぎてしまう。本当は、ヨーグルトかアイスクリームしか食べられないくらいだった。

それにも関わらず、昼食も強度をもって食べてしまった。そして間食もまともに食べてしまう。それらの負荷が祟るなか、夕食でまたも前日の脂ものを食べてしまった。これが決定的となった。

 

大負債だ。翌朝は状態が悪く、朝食を食べると不快感がした。胃酸ではない液体がせり上がってきて、胸焼けやもたれがあり、吐気もしてくる。

愚かなことに、昼食もまともに食べようとしてしまう。用意していたものを全部食べようとし、気分が悪くなる。スポーツドリンクを飲んでも腹が収まらない。

次の病院まで5食しかない。それまでに治る訳がない。体力も戻らない。参った。

これも好調コンプレックスの仕業だ。これからは逃げられない。こんな身体や心の状態になってしまう頻度が高い。どうにもならない。

物を食べられたら、どんな苦しみでも受け入れられる。本当にそうだ。だから、とにかく食べらたら良い。それだけだ。これはノイローゼだから仕方がないのか?

 

最低限、電解質異常にならなければ良い。それは大丈夫なのか?口から何かを摂れる限り、死ぬことはないのか?

ノイローゼなりに食べ、まずは死なないようにする。そして、手が届けば体力を付ける。このステップで生きるしかないのか。

あわよくば、散歩をしたり自転車に乗る。あわよくばで健康を得る。

欠乏を満たせはしないのか?こんな日々がどんどん過ぎていくのか?

まだこう記せる。それを維持したい。

歩けない時に晴れると皮肉のようだ。いや、歩けない程度ではない。死は近くなかったと思うけれど、怖かった。どうしてこうも繰り返すのか。

ただそれなりに食事が摂れ、平気で過ごしたい。そんな日々に戻りたい。それがただほしい。

母と車で出掛けた時を思い出した。少し遠くの景色を見に行った時のこと。昼過ぎや夕方で、車に揺られると到着する。二人で外へ出て、光や風を感じる。日が傾いてきたりすると、陽光が鮮やかになる。天国に居るような心地になっていた。これは秋の心象か。

 

度重なる無理のしすぎ。調子を上向かせようとしたり、調子を落としたくないと執着してしまう。その雑念があり、「ちょっときついから止めておこう」と自制をすることが出来ない。食べ物の影響はあっても、それはさほどのものだ。食べすぎが諸悪の根元だ。

とにかく連続して食べること。それに価値がある。無理の負債はすぐに返すこと。代償は厭わないこと。―でも、それが難しい。

明日が通院日だ。今年一番の最悪な状態で迎えることになる。ドクターに正直でないつけが回った。体重も落ちているだろうし、もっとも厳しい。これはもう、当日の自分に委ねるしかない。

母も口を利きずらそうにしている。申し訳ない。心配もさせているし、何だか呆れさせているようにも感じた。この歳になっても好ましく過ごせないのは、自分もよく知っている。打ちのめされている。

 

明日の幸運を祈る。

 

また明日。

 

参考書籍: