欠乏の不定愁訴ブログ

日々の気付きと過程の記録

正と負の狭間 普遍の概念

自宅に居る。辺りは何だか薄暗い。もちろん夜は明けているものの、夜明け直後の明るさが続いているよう。

午前に雨が降ったため、歩いてはいない。午後の今もまた降り出しそうだ。こういう時でも歩くべきだろうか。歩く気はなかったし、晴れてもいない。既にこうやって作業をしている。

夕べはよく食べられた。直近は停滞続きであったし、まして昼食は食べすぎていたのに良かった。間食代わりのスポーツドリンクが重かったけれど、その後に水を飲んだら良くなった。それに再現性があるかは分からないけれど、思い当たる節はそれのみ。

胃炎があったため、体重は二日振りに計った。数百グラム痩せていた。でも、ぎりぎり許容範囲だった。

 

朝は胃の負債がなかったものの、少しのむかつきがあった。それでも、そこで食べられる量の見極めをしたのが良かった。どうやら朝食ではそれが出来るようだ。何故だか理知の顕在がある。ちょうどよく食べられる。

そこから歩けず、内的に費やしたり、インターネットをしたり、簡単な炊事をしたりする。

 

そこで新しく買った睡眠用マウスピースを成形したものの、上手くいかなかった。やり方が下手だったと思うけれど、説明がよく理解できなかった。成形したものを付けたら、数秒で歯が痛くなった。

成形できる現物はあと一つだ。もう挑戦するのが辛い。もう歯医者に罹る方が早いだろう。そんな諦めがある。あまり記してこなかったけれど、歯ぎしりは続いている。またも随分と磨耗してしまった。

無理のしすぎと同様、歯の放置もセルフネグレクト状態だ。これがあれば自立しているとは言い難い。これでは駄目だろう。

せめて親に連れて行ってもらうべきなのか。それが出来たら最低限度か。行けばすぐに胸を撫で下ろせるのだろう。でも、そうはいかない。それが出来ない病的さよ。

昼はあまり腹が空かなかった。その成形の件で落ち込んだため、腹が空かなかったのかもしれない。いや、それは関係ないか。歩いていなかったし、水でも合間に飲んでおくべきだったか。

ごはん一膳の少なめと、目玉焼き一つ、そして味噌汁は数口をつまむ程度。これでは痩せの領域に入る。これは明確に分かった。腹も空かなかったし、おまけに早期膨満もした。嗚呼、不定愁訴よ。

 

夕べはご飯を多め一膳、薄い肉を六枚、味噌汁は三分の一杯を食べた。これはそれなりの量だ。一膳を食べるのが精一杯なのは脱したくとも、それが出来れば最低水準に達する。そこからもう少し食べられ、味噌汁もまともに食べられたら良い。

そうなれば問題はなくなる。間食も食べられる胃の強さになるし、無理をしても大きく影響しなくなるはず。

今朝に思い付いたことを記してみる。「段階的に癒されていく」ということは記したけれど、もう一つの気付きがあった。

 

まず、やはり欲求の階層に倣って改善していくこと。安全の満足を支えに、所属と愛、尊厳を得て回復していく。

この順序はどんな欠乏症にも応用できるはず。メンタルヘルスであれば何でもだ。少なくとも、覚えていて損はないと思う。

食べられることで安全は得られる。不調コンプレックスを沈静化させるには、肉体の存続を保つこと。それによって養育者からの干渉は防がれ、精神的な安全も得られる。ある程度の体重と胃の持久力を得ること。

安全が満たされると暇が湧く。そこですぐに所属と愛を満たしたい。そうしないと刺激追求が頭をもたげる。すると好調コンプレックスが湧いてしまい、体重や胃の持久力があるにも関わらず、またも無理をしてしまう。少しでも上向いたのなら、そこで誰かと会うなりをすぐにしたい。

体重を得て、所属と愛をすぐに満たす。そうやって健康になり、自然と尊厳も得られたのなら、個性化や自己実現は近い。

 

正と負のコンプレックスの狭間。そこはとても狭い。快適に過ごせる範囲が狭い。常に何かのコンプレックスに支配されてしまう。

センシティブさと刺激追求性の間も狭いのに、また別の不快をもたらすものがある。何重にもネックがある。内と外の快適な刺激の幅が狭く、不調であっても好調であっても無理をしてしまう。

常に何らかのネックが頭をもたげ、それによってまた別のネックが押し寄せてくる。道理で楽にならない訳だ。

それでもやるべきことは単純だろう。それを学ぶことが出来たのは幸いだ。そう思っていたい。当てもなく時を無為にしている訳ではなく、今は下準備中なのだ。

ノイローゼさえ癒せたら良い。それだけだ。そのための行為は単純で、複雑にあるネックの根底は繋がっている。全体に影響していくのが基本的欲求の満足だ。その理屈は今までに考察してきた。

基本的な普遍の概念を編み出してくれたマズローは偉大。アーロン博士とマズロー、そしてユング心理学の概念がなければ、とっくに事切れていたのかもしれない。

 

まだまだ若いのであれば良い。とりあえず死ななければ良い。

 

また明日。

 

参考書籍: