欠乏の不定愁訴ブログ

日々の気付きと過程の記録

切っ掛けと準備 至高の生

自宅に居る。午前は晴れていたので歩いた。ここ最近は午前によく晴れる。その恩恵を受けて歩いた。雪の積もった場所を迂回し、図書館を一周する。かなり不安はあったものの、歩いてみたら平気だった。

行程は二十分ほどか。それが出来た。帰りの後半には身体が熱くなった。それくらいに強度をもって歩いた。そこまで消耗せず、帰宅後は内的に費やせる。調子はある程度の高止まりをしている。

夕べは食欲が湧く程ではなかったものの、空腹で迎えられた。最近のいつも通りだ。負債のない空きっ腹で迎え、調子を落とさずに食べる。

ご飯は少し多めの一膳と、肉は中くらいの量。そして味噌汁はそこそこつまむ。安定して食べられているといったところだ。抜本から上向いてはいないものの、十分良い調子ではある。

あとはご飯の増量と、味噌汁をまともに盛ること。肉はもう少しは食べた方が良いか。つまるところ、全体を底上げしたい。ご飯一膳とおかず一品では、明らかに病的な量に感じられる。実際に体重も増えない。

その領域からは抜け出したいところ。少食の範囲に収まる量は食べたい。

 

体重の計測では、ほんの少し増えていた。大台へあと一歩だった。左右の腰骨の浮き彫りは和らぎ、腹の底が持ち上がっていた。胴体の線はえぐれているものの、内臓脂肪は少し付いたと思う。

今朝の胃の調子は微妙だった。少し悪かったというか、どことなくむかついて荒れていた。快適な状態でないのは自覚できた。

そこで摂取量を抑えた方が良かったと思う。いつもより食べられる限度が低かった。食べ進めると気分が少し悪くなった。いま思えばそれが不調の証だった。その分は食べない方が良かったものの、許容されるだろうと思ってしまった。

胃に持久力が付き始めていたし、理知の顕在が弱くなっていた。好調コンプレックスの台頭だ。調子を鈍らせないようにしてしまう。食べた後には状態の悪さを感じたし、それは確かだった。昼までに状態は戻らず、最良の時の爽快さはなかった。

 

反省すべきところは、無理が祟る状態を見極められなかったこと。夕べは負債を抱えなかったと思うし、睡眠の影響は予測できないものだった。それは不運だったけれど、理知によって適切にケアすべきだった。

朝によく理知が働いていたのに、今日はそうならなかった。これは要注意だ。今の時点で悪化を阻みたい。それが出来ればさしたる影響にはならない。

昼食は許容範囲内に収まったものの、夕食はどうなるか分からない。昨日の最良の調子と比べると、どこか悪心がする感じもある。僅かに負債はあるのだろう。細かな摂取の仕方次第では、僅かに負債が残ったりする。それが実は影響しているのだろう。

明日に姉が帰ってくるそうだ。あまり喜ばしくはない。疫病の不安もあるし、プライバシーが保たれるかも気になる。この狭い家においては、個々に部屋がない。ある人にはあるものの、自分にはっきりとした境界はない。それが本当にネックだ。センシティブパーソンには必ず自室が必要。

部屋の交換はスムーズにいくのだろうか。体調が崩れることはないだろうけれど、煩わしいことはある。母は「バランスが崩れている」とか解釈するのかもしれない。以前の通院では、ドクターにそのような報告をしていた。

ストレスではあっても煩わしいだけだ。体調など悪くならないし、問題は狭い家にある。軽くドクターへ現状報告しただけであっても、それはきついことだった。ドクターは自分を精神薄弱だと見なしていてたし、それを裏付けるような話をしてほしくはなかった。

とにかく内的な時間は確保したい。それが特に重要だと感じるはず。

いま記しているのは年末。明日が大晦日で姉がやって来る。今年も終わる頃。疫禍は二年が経ち、図書館学級時代に展望していた五輪が開催された。後者から考えると、このような未来になるとは思っていなかった。具体的には考えていかなくとも、普通に生きていると思っていたはず。

今年はどんな年だったろう。未来のことは考えるのはよしたい。どんな運命に導かれるか分からない。不幸かもしれないし、この世界から消え去られるのかもしれない。そんな人は毎年いる。今年もたくさんいた。

 

今年は転換といえば転換の年で、飛躍があったのかもしれない。それは未来で振り返ると分かるのだろう。その転換が功を奏したのかは、何年か先で分かる。主体的に努力して切り開けば、良い過去に思えるのだろう。

春頃から本格的に学び始め、色々な認知を得た。そしてセルフフィードバックをし、病理の粗方を解明した。この一年足らずで十分な進展があったと思う。認知や知力も得られたと思うし、文章やアウトプットについても精錬させた。大きな知能の発達もあったと思う。

 

ここで来年について考えたくなった。もちろん終わりが来る可能性もあれど、長生きする可能性もある。後者を考える意義はある。だから少し考えても良い。

来年も引き続き学ぶこも。病の解明度を上げる。そして様々な認知を得、知識の総体を作る。それを経験と照らし合わせ、解りやすく形にする。

セルフフィードバックがなくなるのが理想。でも、そうならない確率の方が高い。そのなかで、繰り返しアウトプットはしたい。そのためのインプットも続けたい。それらが一つの段階に進んだ時、何かの創造があるかもしれない。その時のために積み重ねたい。

 

そして失敗をし終えたい。これがセルフフィードバックの終了だ。マニュアルを作るための段階を終えたい。苦しみが減っていれば良い。

同じ失敗の轍を回るのは苦しい。その間はまともに生きられない。だから、何とか建設的な日々を積み重ねたい。

そのためにはやはり、社交の場に出ること。ノイローゼから全快するにはそれしかない。それ以外に選択肢はない。自活はインターネットでやっていけるかもしれないものの、健康は現実を生きる必要がある。ある程度はそうしないと、人生の前提が整わない。自活をするための資源も得られないだろう。

居場所へ出向くとこも常に考えたい。人と会い、ノイローゼを癒す。それが一番の課題であり、目標だ。

そして変わらず内的にも費やす。読書などのインプットをし、それらの知識体系と経験を知恵に昇華させる。それを世に存在させること。それが誰かどこかの棒に当たれば良い。

 

理想は居場所で人と会い、適度に正の感情を補給しつつ、内的に積み上げて自活を目指す。それが自立への道だし、自活にも繋がるかもしれない。

諦めないこと。技術が進歩するかもしれないし、迫られて切っ掛けが生まれるかもしれない。努力が実を結ぶかもしれないし、幸運が降って湧いてくるかもしれない。それを必ず掴むこと。そのための準備と意思を持つことだ。

それをしていれば、ゆっくりと大人になっていくモラトリアム期間として許容されるだろう。若者は三十代までらしいし、年金の支給も決まるかもしれない。生活の基盤はだんだんと出来つつある。

ステップを踏みさえすれば、未来は明るくなるだろう。そうなれば、未来が楽しみで仕方なくなる。死ぬなんてとんでもないことになり、精力的に生を享受する日々となる。

そうやって至高の経験に辿り着けば、あとはもう、道が拓けているだろう。

 

また明日。

 

参考書籍: