HSP/INFJセルフフィードバック

日々の気付きと過程の記録

前提の共有 新たな転換点

今日も自宅に居る。今日は少し暖かいか。ストーブを省エネモードにしても暖かい。明るい光も差していて、カーテンを開けていると眩しい。

青空が見えるか確認できないものの、こんな日は歩くのが良いのだろう。午前は義務的に歩かなくても良かったか。でも、それで昼の腹が整った気もする。その効果を狙って歩いた。

 

流石に午後も歩けはしない。体調は戻っているものの、まだ体重は増えていない。

昨日は流石に増えていて、その安心はあった。理知が把握した摂取と、体重による結果は重なっていた。

それは百グラム程度であり、まともに食べられているとは示していないものの、それなりに食べたらきちんと肥える。その事実を感じた。それを学ぶのは必要だ。

ただ、裏を返せばやはり食べられてはいない。不調の時よりは食べられているものの、まだ病的な満腹があるのだろう。一膳を食べきるのが精一杯であれば、抜本的には太っていかない。

消化の悪さや代謝の良さはあれど、摂取量が少ないのは確か。あと10パーセントは食べられるべき。それが少食の範囲だろう。

 

ここ直近できつくなることはない。ほぼないだろう。無理をすることはなく、まだ理知の顕在があるはず。

そうあまり意識していないため、時の良い運もあるだろう。体調コンプレックスもあまり感じない。

食欲が湧かない時も少ない。それで助けられているのだろう。すると早期膨満も無理も減りやすい。

考えているのは早食いをしないこと。食欲がそれなりにあれば、ゆっくり食べることで負荷が減るだろう。

不安も少ないことが大きい。体力の不安は少ない。散歩や内的に費やすエネルギーはある。それはまだ足りない気がするものの、これから戻るだろうという楽観がある。そのような情緒でいるのが大切だろう。

 

通院まではあと一日あるものの、調子が上向けばどう診察を迎えようか。うつむいて不調を話すのか、調子は落ちたけれど良くなったと話すか。前者は前者で良い結果があると思う。

来月の診察まで調子が持つかは分からない。薬の変化や生死の領域など、それらを話すには不調であることが有利だ。

とにかく調子を良く伝えたい気持ちは和らいでいる。そこまでトラウマによる呪縛はない。そこにはきちんと向き合い、新たな転換点を迎えた方が良い。ドクターともういちど向き合い、薬や体調の際など、診察の軸を生んだ方が良い。

 

こう記して今夜に落ち込むかもしれない。ただ、今のところは楽観的だ。散歩にも行けたし、不調の雰囲気が和らいでいる。後はこの感じで推移させれば良い。そうすれば、体重も上向くだろうと思っている。

日をまたいで記している。今日は雨だ。朝から強い風が吹いていて、雨が強く打ち付けられている。歩くことはなく、午前は内的に費やした。

ユング心理学入門』を再読する。恐らく神経症は、何らかのトラウマによって生まれるのだろう。昔はそれを何とか分析しようとした。性の衝動や権力への執着、他にもコンプレックスまつわるものがある。

現代はもっと知的な探索が可能だろう。生物学的なものや、神経学的な見地が集積されている。臨床の現象学的なものに加え、心を解析するための情報はある。その体系もあるだろう。それを学ぶのが良いと思う。次の課題はトラウマの勉強だ。

 

夕べはフラットに夕食を迎えたものの、早期膨満に近い感じがあった。よく食べられたものの、半膳を食べ終えるときつさがあった。

その病的さだ。一膳や他は食べられたものの、どこか腹の負荷はあっただろう。腹は快く膨らまなかったし、体重も増えていなかった。

前日の計測と比べると、百グラムの減少だった。ただ、おおよそは痩せていない。脂肪の量はそんな感じだった。明らかに食べられない訳ではないし、現状維持で済んだところか。

でも、あまりにも余裕がない。次にまた食べられなくなれば、本当の危険水準に入ってしまう。その怖さがとにかくある。

 

一日の食事を振り返れば、それなりに食べられた方だった。今の状態での認知はあれど、悪くはないはずだ。

それなのに太らない。よく食べられない時とほとんど変わらない。それがとにかく解せない。摂取がまだ少ないのか、今の情緒では消化吸収に支えるのか。

体力はそこまで落ちていない。ただ、かといってはつらつでもない。では「それで良いのでは?」と問われるかもしれないけれど、いかんとも答えがたい。

確かに摂取を思い詰めることはない。最低限は食べられていて、ただ過ごしているだけで辛くはならない。調子が落ち着けば散歩にも出られる。その感覚や事実はあるだろう。

問題なのはとにかく余裕。すなわち体重の水準だ。肥えて体力を得たいというよりも、とにかく生死の際から脱したい。それが強くある。だからコンプレックスが湧き、情緒反応がストレスを生む。

 

今日も計測も見込めないだろう。大台に近づくことはない。だとすれば、不調の最中に診察を迎えることになる。それはそれで割り切って考えられる。

不定愁訴の不調を伝える。「それで危険水準にあると思っている」と伝えることだ。自分はただ体重や体力がほしいのではなく、生きる上での安全を手に入れたい。

深刻ではないのかと問うてみよう。以前は好調だったこともあるため、今はかなり落ちたと説明すべきだ。その前提を共有しない限り、話がずれてしまう。

 

薬の力で土台を整えることと、生死の境を認知すること。それを処方できるかを尋ね、真の危険についての情報を得る。それが大切だ。

明日は荒天の予報だ。強風で雪も降れば、かなり危険な世界となる。どうしても出掛けないといけないのがネックだ。

内容的にはリモートでも可能だとは思う。診察など全てそうしてしまえば良い。町に中核病院を一つ置き、患者は都会のドクターの面談をして、必要ならば実地の病院で検査をする。だとすれば、移動は少なく済む。

効率化すべき業界でそれが進まない苛立たしさ。教育と医療がすぐに浮かぶ。居場所もリモート化してほしい。そこから始められたら良い。

 

帰りはどこにも寄らなさそう。自分は朝によく食べられないため、昼食はいつも早く食べる。冬場のために予約時間は少し遅めで、なるべく早く帰宅したい。それを体力のなさと結びつけられたくないものの、早く帰宅はしたい。

体力はどの程度あるだろうか。それは今日までの摂取で決まる。ではどうだろう。ありそうな気はするものの、意外とないのかもしれなあ。なるべく朝食をよく食べたいものの、緊張があるかもしれない。

今日の夜は軽く食べて済ませたい。喉が渇いたらすぐに薬だ。水を飲んだらちょうど良さそうな時に手を合わせる。理想は寝る時に朝食を食べたく思うこと。一度の摂取で頑張りすぎるな。

明日が転換点になれば良い。いや、自らそうしないといけない。そうすれば何とかなりそうだ。一年を上向かせていきたい。

 

また明日。

 

参考書籍: