HSP/INFJセルフフィードバック

日々の気付きと過程の記録

理知の暴走 真実の勉強

自宅に居る。通院から帰宅した。滞りなく行程を終えられる。朝から予報通り荒天で、道中ではホワイトアウトになりかけた。視界は数十メートルしかなくなり、信号機の色は近付いてようやく見えた。それでも何とか無事に帰宅する。まだ良い方ではあったのだろう。

どこにも寄らずに帰宅する。体力は診察を終えてもあった。それは本心から言える。どこかに寄る力はあったものの、特に買うものもなかったから直帰した。昼食を早く食べたかったし、それで良かったのはある。とにかく力を失っていないことが分かった。

帰宅して昼食を食べる。いつもより三十分は遅いものの、特に問題はなかった。その方が腹が空いて良かったか。

習慣による無理のしすぎもあるため、生活の縛りできつくなることもある。そう考えれば、もっと柔軟にしても良いか。起床の時間や朝食まで、好きに時間を操作すれば良い。その自由は与えられている。

朝の目覚めは良かった。そこで胃の状態を確かめたところ、悪くはないといった感じだった。でも、爽快ではなかった。そのため朝食は最低限度の量を食べる。ただ、そこまで問題ではなかった。通院日の朝だし、よくは食べられなくて当然。

行きの道中ではかなり吐気があった。夕べや今朝は緊張しなかったのに、車に揺られてしばらく経つときつくなった。恐らくは緊張で口が渇いたのではなく、姿勢が悪かったことでげっぷが溜まったのだろう。いま振り返るとそう思える。まずその悪心があり、それによるパニックで更に増幅させられた。

腹に力を入れて顎を引くと、背が真っ直ぐになって楽になった。きっと原因はそうだったと思う。

 

待合室で待機していると、だんだんと緊張は和らいだ。そして番号を呼ばれる。天候の話がまずありつつ、最近の調子について問われた。

予定した通り、「年末は良かったものの、年明けから調子が傾きました」と伝える。少し上向いたと含ませたものの、不調の印象を強く表したと思う。そこでドクターに「傾いたとはどのくらいか」とまた問われる。

思い浮かんだのは、ここでさんざん記した不定愁訴のこと。食欲不振、早期膨満と無理のしすぎ、便通のなさ。「色々な不定愁訴があります」と伝えると、そこでドクターから「ん」という声が出た。何かが引っ掛かったのだろう。それが何を意味するか分からなかったものの、瞬時に「不定愁訴は素人の用いる言葉ではなかったか」と思った。

胃の不調は流石に共有されているだろうし、恐らくはそれだろうと思った。それが恥ずかしくて暑くなった。素人の入れ知恵は稚拙だったか。

 

そこから詳しい調子を尋ねられる。年末年始で刺激過多になったのか、それともいつもと違う食べ物を摂ったのか。そして体力や集中力がどうかということ。

年末では誰とも会っておらず、変わらず同じ物を摂り続けている。体力は内的に費やすにはあり、集中も出来る。精神的に辛くはない。それを伝える。

そこで「一人前は食べられるか」というような流れになったため、そこで渋く否定をし、一膳でぎりぎりだと伝える。それにドクターは驚いていて、そこに自分も何か感じた。その程度だとは言っていなかったか。

体重も減ったと伝えるも、そこから話は膨らまなかった。そう考えると、一膳を食べられたら良いのか。知りたかった事実はそこにあるのだと思う。

 

薬は変更せず、また頓服を適宜用いることになった。新しい薬の話をする流れはなかった。そこでそれをすれば、また違った流れで体調が共有されたのだろう。それが出来なかったのは残念だった。

そして生死の際については、やはり一膳を食べられたら良いのだろう。そう解釈した。低調だとよく伝えたものの、そこまで深刻に思われなかった。

はつらつではないものの、それなりには力がある。その微妙な水準について、下手に良く伝えたことはないと思う。

 

今回の診察で得た教訓は、まず一膳を食べられたら良いということ。そして何かあればすぐに頓服を飲むこと。この二つだと思う。

不定愁訴には即座に対応すること。そして体重に縛られず、体力や摂取量で事実を得ること。よく食べて力もあれば、すぐに事切れるようなことはない。その認識を持つこと。そのための学習を今回にした。そうなのだと思う。

帰宅後の遅い昼食は、案外よく食べられた。そして消化も良く、気を遣ったり画面を見れた。そしてここまで文を記している。通院日のうちにここまで費やせる。その事実も感じて良いだろう。それが大切なのだと思う。

「それでも体重が増えないのだ」という情緒反応は生まれるかもしれない。でも、それを思わないことが重要だ。それがあるとストレスとなってしまう。

もしかすると、理知が安全を奪っているのかもしれない。それは内向直観の暴走か。それがあれば外向感覚は補償的に使われる。するとたった一つの事実により、誤った推論をしてしまう。最近の自分も、安全のために事実を膨らませているかもしれない。外向感覚とコンプレックスは協働するのか。

死にたくないという心理と、余裕を持ちたい心理。そして親やドクターに不調を悟られたくもない。いま発現しているのは、主に前の二つ。

体調コンプレックスは確かにあれど、それを上手くあしらうには理知が必要。コアの反応に対し、理知的に接して安心をさせること。その理知というのは、主機能と劣等機能の健全な発現だ。

 

主機能の暴走がトラウマに関わっているのか。だとすれば、そこに劣等機能も関わってくるだろう。死が近くにあるというのは、内向直観が暴走して映した心象なのか。だとすれば、それは少ない事実から生まれた不確かなものだ。それに縛られているのか。

好調コンプレックスはどうだろう。これはトラウマとの直接の関係はない。より豊かに生きたいと考えれば、身体を頼るということしか浮かばない。それは身近な人の接し方から得た教訓。好ましいものではなく、もはや誤っているといえる。健康にまつわる問題があるのなら、身体を上向けるしかない。その心象も不確かなものに見える。

そして社交のコンプレックスは分かりやすい。ただでさえ人に緊張しやすいなか、不調であるとそれが増す。人前で空えずきをする自分を想像し、それが人にどう影響するか考えてしまう。それは過去にそのような出来事があったから。「人から白い目で見られた」という心象がある。それも誤ったものだろう。とにかく調子を保って社交に出たい。そうしないと緊張が増幅し、体質的にも吐気が込み上げる。その二次的なものを回避したい。

 

生死の真実を理解することが大切。そして誤った努力の仕方を修正すべきだ。そのために人の心の事実を知ること。怖いことは実際に起きず、起きても修復不可能とはならないと知る。

その事実を勉強し、トラウマの再現性は低いと知ること。死は遠くにあり、一病息災で生きれば十分。そして人や世界は怖くない。その認知を得ることだ。

それを自分の深い反応に与えてあげること。言い換えれば温かい心を感じれば良い。それが安全と所属、愛であり、病の悪化は防がれ、引いては病を癒してくれる。

 

「人生の最初の二十年でカリキュラムを与えられ、その後の二十年でそれを学んでいく」

カリキュラムは大体を作り終えた。やるべきことは精密に見えている。そのやるべきことの意味としては、上述のことを学び、生きる糧を得ることだろう。

それが自分の力になっていくはず。そして新しい生き方が出来るようになり、トラウマがなかった頃には過ごし得ないような日々が生まれる。これが人生の時間の回収。最初の二十年の意味だ。

安心して生き、好きに積み重ねれば良い。公的に不自由を認めてもらい、好きに出来ることをする。そのなかでノイローゼを癒そうとしたり、不自由があるなかで自立をすれば良い。身体が上向くかもしれないし、技術的に不自由があっても生きられるかもしれない。

セルフフィードバックすることをなくし、内的に積み重ね、気が向いたら人と会う。そのなかで自立をしていけば良い。それが理想だ。我が人生に幸あれ。

 

また明日。

 

参考書籍: