欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

選択と専念 前段階と基軸

午後の今は日が差している。曇ったり晴れたりの変化が激しい。全体的に曇っているものの、青空も覗ける。寒さは和らいだ感じがする。週末に降雪が予想されているものの、本当に降るのだろうか。少し春を感じつつある。

ここ最近は、ほぼ毎日散歩に出ている。廃業した会社の資材置場には、たまに猫が座っている。ここ数日はよく見かける。どこの飼い猫だろうか。なるべく無関心を装いつつ、素通りしている。覚えてもらえるだろうか。

図書館を一周は出来ないものの、歩けないような状態にはならない。最長の距離で十五分ほどは歩ける。これだけでも十分だろう。今より食べられなくなればそう思える。

他にも読書をしたり、文を記したりも出来る。気も遣れているし、頭を回転させて思考できる。これはエネルギーがないと叶わない。身体には最低限の原資がある。これを用いてさらに拡大したい。

今日も変わりなく過ごしている。強いフラストレーションはない。昼食を程よく食べられ、今の身体は軽快だ。

やはり意識的に腹八分になることだ。なるべく食べようとするといけない。今朝にそうなりそうだったけれど、調子が良かったために影響はなかった。

無理をすることもあるけれど、最終的には傾いていない。そのために歩くことが出来ている。体重も変動があるものの、そこまで大きくはない。それなりの厚さの脂肪はある。それを維持しているはず。

次の診察まで維持していたい。そう気負いすぎるといけないものの、理想としてはそうだ。体調が整っていれば、過度に緊張する可能性は減る。身体に力があれば、強いストレス反応を起こさなくても良い。重要なのは、体重というより体調だ。直前の食事をよく摂れたら良い。

トラウマの書籍を読み続けている。ようやく三分の二が終わったところ。まだ百ページはあるため、あと一週間はかかりそう。そしてまた軽く読み直す。

それくらい丁寧に進めないと、後でまた時間がかかってしまう。急がば回れだ。セルフフィードバックのためだとそうなる。良い本ほどそうする価値があるけれど、知識を血肉にするのは大変だ。大体のエッセンスを読み取れば良いだけではない。何かを実にしたいのならば、着実に積み重ねないといけない。その努力が正しければ、丁寧にした分インプットが大きくなる。

他にもトラウマの本を二冊読む予定で、社交不安についての本も読みたい。それで粗方の知識は得られると思う。ノイローゼとコンプレックスについてはだ。胃の不定愁訴も大体を知っている。それをじっくりと読み、あとはマズローの原典を再読する。それも欠かせない。

そうやってフィードバックのための物差しを完成させたい。MBTIとユング心理学でかなりフィードバック出来たように、もう一つの知識体系を持ちたい。そうやって汎用性のあるものが完成すれば、それだけでどんな出来事もフィードバック出来る。日々の更新のために務めなくて良い。

 

後は好きな勉強を気楽にし、生活と照らし合わせて思考すれば良い。それをここでも活用できるだろうし、かなり面白いと思う。ただの日記を更新していたい。無料でパーソナリティーや価値を提供し、色々な人にファンになってもらう。そうすれば何を記しても応援されるか。コアを伝えてコアのファンになってもらう。

ファンや賛同者がいれば、商品を告知した時に買ってくれるかもしれない。信用を積み重ねれば、「この人の言うことを聞いて買ってみよう」と思ってくれる。

ライフスタイルやパーソナリティー、学んだことをWeb上に存在させる。すると類が友を呼び、自分のファンになってくれる。何か物を創れば買ってくれるかもしれない。それがオンラインのビジネスだろう。

アウトプットをするならば、それを意識しないと自活できない。以前も記したけれど、自分はそれをしていきたいのか?誰かに攻撃されるかもしれないのが怖い。ここは日が差さないから良い。

市場性の高い場所に身を置けば、下手に注目されそうで怖い。興味や思考が誰かを怒らせそう。目の前の大衆に共感を求めても、真後ろには反対の考えを持つ人間がいる。

短文で言いたいことはない。価値を生もうとして発言するのもきつい。アンカーとしては優れているかもしれないけれど、ストックを辿ってくれた方が良い。モノローグだと恥ずかしくなるし、価値を生もうとしてもそうなる。

ストックとフローを合わせた場所もあるけれど、そこも刺激が多い。好都合で便利なサービスでも、どこかためらいが生まれる。人目につく前提となれば話が変わり、誰も賛同してくれなければ恥ずかしい。

いや、後者に関しては経験者に喝破されるものだ。とにかく始めることだし、積極的にソーシャルをすれば良い。始めは誰も見てくれないし、インプットだって大したものはない。

 

ひとまずこちらでリライトを進めよう。ある程度のまとまりになれば良い。それを分かりやすく形にしたい。それが人目に触れたらどうなるかは分からない。何にもならないかもしれないし、何かが起こっても困る。どうなるだろう。

ちょうどトラウマについて学び終えた後、社交などによる満足があれば良い。そうなればセルフフィードバックすることもなくなる。局面は身体が健康へ変化する段階となる。身体を癒す前段階が続けば、いつまでも学び続けないといけない。それに伴って記し続けることもだ。

満足を得られるようになれば、その満足による効果を記せば良いだけ。それが生活の基軸となる。ブログに費やして存続を保つ必要はない。そして好きに学び、思考して表現すれば良い。そのタイミングも自由だ。すべきことはストックをまとめるくらい。そうなれば場所を変えるのも良い。

春頃にセルフフィードバックが終われば良い。学びを終え、それに加えて身体が上向いていること。都会に住んでいたのなら、それで自立に近い生活は出来たはず。暇も公的に認めてもらえば、後は好きに勉強と創造をするのみ。

身体に力は満ちていて、大きなストレスは減っている。そこに猫でも居てくれたら至高だ。理想は人間でも、それは都会でないと叶わない。

 

生活の満足と自立、自活。そのどれも遠いかもしれないけれど、土台の要素は集めている。ただ、しばらくは生活が変わらなそう。やはり都会に住み、居場所へ出向かないといけない。そうして社会経験を積み、生活インフラの整った街で自立する。そうしないと何も始まらない。

でも、この町に永住せざるを得ない状態にある。都会に住もうとしても、稼ぎがないと叶わないだろう。その壁は大きい。

だからといって、この町に未来はない。技術革新が社会を変えるとしても、それは徐々に変わっていくもの。若者の間にそれは実現しない。そして親は朽ち果てていく。自分だけが取り残される。

こればかりは考えても仕方ない。生活にアクセントを与えない限り、何も変わることはない。それを選択することに懸けるしかない。それだけに専念すれば良い。

それで変わっていくかもしれない。そのための思考はしている。まだ時間はある。今は準備期間だ。まだまだだ。

 

また明日。

 

参考書籍: