欠乏の不定愁訴ブログ

日々の気付きと過程の記録

有意義な生活 創造と義務

今日は晴れている。午前は雲が多かったものの、今は明るい日が差している。胃のきつさはなく、快適に過ごしている。だるくもないし、エネルギー不足もない。

午前にそれなりに歩く。昨日の夕べはよく食べられたし、今朝も最良の摂取が出来た。良い調子で散歩へ出られる。程よくエネルギーを消費し、腹にちょうど良い刺激となったと思う。昼食はよく食べられる。

明日が通院日だ。話すことは大まかに決めている。当日のことはあまり気にしていない。体調もこのまま維持できそう。

今日までに体力は満ちているし、夕食を程よく食べれば良いのみ。胃がフラットに迎えられたら、朝食もよく食べられるだろう。良い状態があれば緊張は減るはず。

トラウマの知見も少しは役立ちそう。トラウマ関連の記憶が蘇るだけであり、同じような脅威は現在にないということ。過去の区画化されたパーツを認識し、理知的な意識が対応していく。ここが安全な環境にあると保護する。

 

ただ、人格の解離と社交のパニックは少し違うか。記憶を上塗りすることが共通しても、触発される結果は少し違う。社交におけるパニックでは、過去のパーツをあやすことが出来ても、それ以降に安定するとは限らない。

理知が対応すべきなのは、パーツを刺激する環境において。それをあやすのには限界があるかもしれない。冷静沈着に理知を保ち、最悪の場合は避難をしたり、化学物質を頼ったりする。あるいは記憶を更新するためのメンタリティだ。刺激から身を守り、余裕があれば後押しをする。それはアーロン博士が記している。

中核にある記憶は、体調不良の感覚についてだ。それが触発されたらどうすれば良いか。理知が吹っ飛んでしまうだろう。そもそも家でじっとしているか、緊急に頓服を用いるしかない。そのどちらも必要。そう理知がなるべく備えつつ、踏み出す時はそれを決心する。そうやって記憶を更新する。

社交不安についても学びたい。上述のことが本質だと思うけれど、とりあえず学んでおこう。生きるための資源として欠かせない。そうやってマニュアルを得ること。

 

後は体重についてだ。夕べの計測では痩せていた。また脂肪が削げてしまっていて、最近のピークから五百グラムは減っていた。ただ、これは調子の波が下がったためだろう。夕べはよく食べられたし、胃の持久力も落ちていない。今日もよく食べられ、散歩にも出られた。

あまり気にしなくても良い。調子がかなり良かったとすれば、ドクターは安心してしまうだろう。それがかえって悪く働く。もっと不調の原因を共有したいし、詳細な状態を伝えたい。良い要素ばかりが揃えれば、それらを伝えるのはずれとなる。

調子は良いものの、体重が増えない。そこから話を展開すれば良い。好不調コンプレックスとその触媒、胃の持久力と満腹。それを伝えて事実を得たり、摂取の工夫を教えてもらえば良い。社交の話に繋がるかもしれないし、何を目標にしているかも繋がるだろう。

そういうことを打ち明けるのが良い。単調な一問一答では意義がない。状態の認識にずれが生じるし、関係も微妙になる。なるべく親密で分かり合うこと。そのためには時間を割く方が良い。後続に気を遣っても仕方ない。これは与えられた権利だ。さしたる時間にもならないだろう。

今日もほとんど変わりない。読書、散歩、スクリーンタイム、とにかく暇がある。これも暇の成せることか。家事の何もしなくて良い。それくらいの役割はほしいものの、何もしなくて良いなら至高か。ただ、人に管理されるしかない。そのきつさはある。

 

内的な作業をどう楽にするか考えている。まず義務的に習慣を築いてしまい、それに縛られている。読書は時間よりもタイミングが重要で、頭がよく働くときに読むのが良い。それなのに、固定した時間に費やしてしまう。

それはフラストレーションによる焦りでもあるし、フロー更新のための義務だったりする。そのために気付きが必要で、それを得るために務めてしまう。

もっと好きに創造をしたい。それが出来る環境にあるのに、どうしても務めてしまう。これが意味のあるものなら良いけれど、なんの成果もない。そしてやるのが楽しくない。だから嫌になる。

でも、それなりのものが生まれると思ってしまう。それがあるから厄介。毎日の自転車操業のために動くしかない。

絶えず触発をされて思考しているし、それは何でも種になる。だからそれを記せば良いのだけれど、どうにも上手くいかない。

 

この議論はずっとしている。楽な創造と楽なインプット。好きに創造して良いのだから、好きに吸収すれば良い。それに常に知的な触媒はある。何かの種は生まれている。それを適宜まとめれば良い。毎日でなくても良いのだから、常に有意義な吸収をしなくて良い。暇でいるだけで何かを生み出せるはず。

ただ、フィードバックのための素材を整えたくある。それがあれば全てが文になる。文に変えられる。だからそれまでは務めたくある。その峠を越えれば楽になれるのか。いや、これくらいは苦労にならないのか。

 

簡潔に言えば、「本を読んで知恵にするのは大変で、短文の刺激的なものを手に取りがち」ということ。インプットのための勉強本であれば、本質など一文でまとめられる。それを補強する部分がかさになっていて、それを読んで理解するのが大変。優しくない人は簡潔に教えてくれない。

情報や意見をとにかく知りたい。そうやって知識の体系を作りたい。そうやって問題に意見を持ちたい。

刺激的な創造をし、所属や称賛、日々の活力を得たい。生活の仕事をし、遊び、学び、創造をする。この建設的で有意義な生活をしたい。娯楽に触れていてばかりは嫌だ。刺激的な面白い生活をしたい。

何の束縛もなく生きたい。好きに目覚め、好きに起き、学び、遊び、創造する。それだけでも面白いと思う。自立をし、身の回りのことは自分でして、好きにアイデンティティーを発現する。自己の展開だ。劣等機能と主機能を用い、仕事をやり抜くこと。

そのためには義務が必要なのか。時間で言えば日に三・四時間ほど。それなら楽な方か。フィードバックの物差しを完成させ、それによって満足を得ていく。そうなれば好きに学べ、好きに過ごせる。

常に変化している。人生の下積みであれば良い。なんとか務めるのみ。

 

また明日。

 

参考書籍: