欠乏の不定愁訴ブログ

日々の気付きと過程の記録

必死の情報 不安と不安定

今日は曇っている。天気予報には雪だるまが並んでいたものの、特に何も降っていない。このまま春が来てほしいけれど、もう一山来そう。自分は何も稼働しないけれど、親に負担をかけたくない。このまま過ぎ去ってほしいものだ。

今朝は少し早く起きられたため、眠りが良かったのかもしれない。でも、それに反して寝心地は悪かった。変な夢を見た気もするし、歯ぎしりもしていたかもしれない。寝床での状態が悪かったのか、精神的に不安定だったのか。

そのどちらもありそうだ。体調の不安、あるブログによる記憶の整理、力の加わった顎。まだまだ不安定だ。どうしても簡単には変えられない。

 

昨日の昼食後に歯を磨くと、吐き出した歯磨き粉が白くなかった。赤みがかっていると言えばそうだった。きっと歯周病だろうし、それが怖くて十分以上も磨いてしまう。そのせいもあるだろう。

学舎からのドロップアウトから十年は歯科に行っていない。そして歯ぎしりは変わらずある。歯の治療と予防接種。これを済ませたい。それが強くあり、心身をかき乱したのもある。

朝食と昼食はよく食べられる。最近は昼食での早期膨満が多かったけれど、今日はよく食べられた。少しはよく食べられている。ここ最近の昼食では特に食べられなかった。

また調子がフラットに戻りそうだ。腹八分で収められた場合、今度は空腹時間が長くなる。一度は間食をした方が良いけれど、それが奏功するのか。それで調子を落としたくない気持ちが強い。それに何を摂れば良いだろう。まだ食べなくても良いのか。

胃が確実にフラットであるかも分からない。胃の状態が悪ければ、病気中に筋肉トレーニングをするようなものだろう。体力を付けたいのならば、まず病気を癒した方が良い。それが胃をフラットにさせるということだ。

それはストレスをなくした暁にあるのか、摂り方によって変えられるのか。それが分からない。自然と物を摂りたくなれば良いけれど、そうはならない。早期膨満や食欲不振が起こってしまう。それがここ最近。

 

昨日の計測では痩せていた。確かにそうなるのも頷ける。調子の感覚とそれは一致していた。空腹時間も長く、一食の量も少ない。理想的なダイエットとなってしまっている。

何とかならないものか。かれこれ半年以上もこの状態だ。薬の力で何とかなるのか、それともそうならないのか。もし後者だったら恐ろしい。その不安が夕べにあった。

また興味深いブログを見つけた。それは検索によって見つけたもの。カテゴリーにはトラウマや解離、発達障害などがある。そこには圧倒的なインプットとアウトプットがあり、才能の塊を感じた。

その方はセンシティブパーソンだそう。やはりそうなのか。流石だ。自分はその人に及ばない。時間も能力もエネルギーもない。

その方の能力の恩恵に預かりたい。それ程の方だけれど、自活の資源にまで発展したのだろうか。それはよく分からない。才能はどこで発展させれば良いのか。個人的にも参照して考える。

その方から色々と学びたい。知識の総体と生活の様式。知的な刺激はたくさん得られる。人生の下積みと考えれば良いか。

 

そのブログには機能性ディスペプシアのエントリーもあった。その方の病気とは重なるものが多い。知識と能力に圧倒されつつ、色々と考えていた。

次の診察では薬について尋ねよう。訊いてみてしまえば良い。それで何も減らないのだ。それが奏功しなくても、去年の春と同じようにしてもらえば良い。もうそうして良い。

そのブログをよく覗き、読み終えた書籍を再読している。その二つを行き来している。ひたすら情報に触れる毎日。どうやったら健康になるか、どうすれば豊かになるのか。それを必死に求めている。

それ以外は散歩とインターネットとテレビ。腹を下した後の夕方。あとは胃の不定愁訴さえ治まればだ。

 

また明日。

 

参考書籍: