欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

学びと行動 社会交流の準備

夕べに雪が積もり、父は朝からかいて出勤した。近所の住民も早くから出動していた。自分は定時に起き、定時に歩きに出る。

母もかなり身体がきつそう。自分は遅くに生まれたため、両親はあまり若くない。もう世代交代があっても良いはずだから、それは申し訳ない。本来は大学生か社会人になっている歳だ。そんな未来があったらどうしていたのか。

自分は疫禍が直撃した世代。後に何かの代名詞が付くのか。今になって田舎の利点も感じている。この辺りはマスクをしなくても歩いて良い。家庭内感染も起きていない。都会に住んでいれば、早死にしていたかもしれない。いや、居場所があれば健康になっていたか。

夕べも件のエクササイズのお陰か、最近で一番よく食べられた。一汁一菜に達したと思う。一膳をしっかりと盛り、おかずと味噌汁も一品分を食べた。

でも、全く脂肪が付いていなかった。それかったく解せなかった。よく食べられるほど痩せていくのか?そんな病気にでもなったのか、そう思うくらい可哀想に認知が歪んだか。理知的に考えてみても、腹が格段に膨らんでも良かったはずだ。

そして食後に時間差で腹がきつくなる。食直後はそうでなかったけれど、三十分ほどして不快になってきた。頓服の消化酵素を飲み、翌朝の状態を案じながら眠った。

 

そして翌朝に目覚めると、腹にガスが溜まっているので目覚めた。不快だったものの、これは空腹が長く続かないと起こらないものだった。

夕べの頓服のお陰か、朝食は変わらず食べられる。そして内的に費やしてもきつくならない。余裕があるなかで散歩に出られた。十五分くらい歩き、帰宅した時には余力を感じていた。これが気のせいでなければ良い。

午前も件のエクササイズをしたためか、昼食もそれなりによく食べられた。悪くない。腹が膨らんだ感じは強くないものの、何日か前の摂取量よりは上向いている。これが確かな結果として表れてくれたら良い。

ポリヴェーガル理論にまつわる書籍から認知を得られた。その中から重要なものを引いてみる。

「闘争・逃走」反応の逃走とは、単に脅威から逃げ出すだけではないそう。特定の人や状況、場所を積極的に避けることも含むようだ。自分を孤立させ、社会活動から遠ざけるのも逃走ということ。

嗚呼、合点がいった。やはりリラックスが足りていない。逃走のために四肢に血流が送られている。内臓には血が巡っていない。消化をする暇がないと反応をしている。生存の確率が低いとされているからだ。通りでだ。

 

母に「勉強をするのが忙しい」なんて言ってみたところ、「行動して五感を活かした方が良い」と返される。まさにその通りだった。それはあるブログから学んだものと重なる。

ストレスとは生存確率が低い状態ということ。社会交流によって愛着を感じ、大自然に触れるのが万能薬だ。所属し、愛を感じ、自然に触れる。それが究極の健康法となる。

原始時代の祖先もこう過ごしていて、それによって生き延びた結果、現代にもその性質が継がれている。これが人間の理だ。

 

昨日に考えていたこととも重なる。勉強に根を詰めても、それが健康をもたらす訳ではない。行動をし、満足を得て健康になるしかない。学んで行動へ移さない限り、延々と学び続けるしかない。

満足さえあれば良い。社会的な免罪符も得られ、最低限の自立にも近づく。人と交流するしかない。

でも、居場所は遠く、ペットも飼えない。田舎が雄大な自然とは限らない。豊かだとしても、現代人にはそれを感受できない。

 

他にも認知はあった。多くの抗うつ薬は、背側迷走神経を抑制するために交感神経を活性化させるそう。しっかり読解したものの、それには疑問が浮かぶ。

交感神経を働かせれば、運動などによるリフレッシュ効果があるそう。でも、それだけで社会交流には押し上げられない。そしてリラックスも出来ないと思う。

交感神経を働かせればアクティブになり、バランスが整うとされているのか?旧来の自律神経理論では、交感神経と副交感神経を行き来するのが良しとされているはず。その概念は精密ではないと繰り返されている。

ドグマチールを飲んでいるけれど、交感神経を働かせてどうする。ストレスには交感神経の活性化の他に、背側迷走神経による凍りつきの反応もある。そこを抜けさせようと交感神経を活性化させても、優先すべきは腹側迷走神経の活性化、社会交流をするための準備だ。

 

ドクマチールも抗うつ薬に分類されていた。でも、調子が良かった頃を振り返ると、それを服用していた。そこから考えれば、服用していたことで良くあったのかもしれない。

検討してみよう。そして通院先を変えた後を振り返ると、頓服の消化酵素薬を常用した時に上向いていた。

次の診察まで上向かずとも、診察を機に変わっていくかもしれない。目星は付いている。コミュニケーションさえ取れたら、流石に光が見えてくると思う。夕べの食べすぎにもそれで効いたのだろう。常用すればかなり変わりそうだ。

 

また明日。

 

参考書籍: