欠乏の不定愁訴ブログ

日々の気付きと過程の記録

健全な刺激 知的な創造

今日は晴れている。薄雲と薄い青が心地よい。寒さも和らいだ気がする。春の陽気を僅かに感じられる。昼食後の昼下がり。

午前には読書をし、文章にまとめ、少し外出した。他にインターネットを通して社会を見回している。これは人生の下積みとして充実しているのか。

ある方の発言で、「ビジネスの世界を理解していなければ、机や椅子、デジタルデバイスを用意し、読書や技能の獲得などに費やそうとしない」というものがあった。

図らずもそれを実行していると思う。とにかく何かに優れないといけない。差を付けるなら勉学をするしかない。それはどこかで考えていたか。

 

知識の習得と技能の獲得。知的なものに投資し、技能によって創造する。それは文章に集約されると思う。思考してまとめるということ。良いコンテンツにはそれが凝縮している。

そこには何十年の蓄積があったりする。それを最も効率よくまとめられるのが文章。そのためには学びが必要で、そこから思考をし、分かりやすく表現しないといけない。

これも立派な創造なのだろう。何かの技能を身に付け、創造をしていく。社会人と言うけれど、要はビジネスマンということだと思う。学舎で学問を身に付けた人間は、資本が物を言うビジネスの世界に放り込まれる。

堅気の良い職に就いた人でも、一人で勉学と修練に励んでいたはず。あるいは技術革新の流れに乗ったのか。運や持ち合わせもあったのかもしれない。いずれにしても、務めて励まないと何にもならない。

 

このブログも一年半近く積み重ねているけれど、成果に繋がるだろうか。価値があるのなら、積み重なっているというくらい。それがなけなしの信頼に繋がるか否か。

ここで自分のパーソナルを存在させ、似た同類にファンになってもらう。そこで情報や人格に信頼を得て、物を紹介したり課金してもらう。それがインターネットビジネスだろう。

そこへ向けて変化していると思うけれど、本腰を入れるまでには到らない。恥を感じにくくなっている気がするけれど、未成熟な部分があるかもしれない。そこで仮に下手な注目があった場合、悪い出来事が起こるかもしれない。そんな気がしてならない。誰にもこの存在を伝えてはいない。

夕べはよく食べられた。スポーツドリンクを飲みすぎたと思ったけれど、漢方が効いてくれた。それは最近では珍しい。そして早期膨満もまた薄かった。

計測では微増の角度が大きくなった。腹の肉も確かに確認できる。この調子なのかもしれない。そう良い前兆を感じられた。とにかく腹八分を維持すること。少しでも満腹が強ければ頓服を飲む。この戦略でいこう。

 

明けて朝食と昼食の摂取は落ち着いている。散歩に少し長く出られた。昨日よりも五分ほど長く歩く。往復の距離は一キロメートルで、図書館の手前まで歩いた。

折り返すときに身体はきつくなかったため、少しは力が満ちているかもしれない。これも良い感じだった。でも、調子はすぐ乱れるのが定例。この先はどうなるか分からない。

今日は役所に用事があり、先月の診察以来の外出をした。そして帰りに買い物もした。役所は未知で怖かったものの、とにかく飛び込んでしまえと思っていた。ストレスは胸の中のモノローグが生むもの。そう捉え直していた。

職員と話している内に、すぐに全体が見えて落ち着いた。某ワクチンの摂取の際と同じだった。帰宅して思ったのは、適度に刺激を浴びるのは良いことだということ。もっと賑やかな所に出たいと思った。日頃からそうしていたい。

ポリヴェーガル理論にまつわるセラピーの書籍を読み終えた。これから再読しつつ、次の書籍の配達を待つ。

自分は基本エクササイズをするだけで良いか。粗方のポリヴェーガル理論に触れられたのは良かった。脳神経については学ばなくても良いだろうけれど、もう少し触れようか。非常に有益だった。

 

勉強の技能は着実に進展しているはず。これに時間を割いているのは有意義。その一理はあるだろう。

でも、やはり病の苦しみはなくならない。ここに適度な社会交流が必要なのだろう。それがないと自活の意味もなくなる。健全な刺激があってこそ、健康や豊かな生活が得られる。それを真に求めているだろう。

目指すべく道程は見えている。最低限の原資を獲得するために、次の診察で服薬を変更する。それで上向くという読みがあるけれど、一体どうなるだろう。そこから徐々に変化すれば、かなり局面は変わると思う。そしてそれを維持する考えもある。

 

また明日。

 

参考書籍: