HSP/INFJセルフフィードバック

日々の気付きと過程の記録

新たな概念 下積みと体系

午前中は気持ちよく晴れていて、肌を差す寒さがなかった。今は曇っていて、少しトーンが落ちている。どんどん春に近付いているのか。壮大な自然に触れることも神経化学物質が出るようだから、晴れの日が続けば良い。

夕べはよく食べられた方だった。ただ、昨日よりは食べられなかったか。昨日はよく食べられつつ、余裕が残るくらいだった。

昨日の昼食はよく食べられたけれど、食べすぎの気があった。いや、いま思えばかなり食べていた。頓服を飲んで空腹になったものの、最良の状態ではなかったか。

 

夕べは食べすぎなかったものの、間食を摂れるまでにはならなかった。念のためまた頓服を飲んだ。直近で余っている頓服が減っているけれど、それでも良いだろう。

少しでも満腹になるときつくなるのでは、一向に胃の持久力が付いていかない。そこに底上げの助力がほしいところ。少しの支えがあれば、あとは自力が付いてくるはず。基本エクササイズは効いていると思うけれど、抜本的な改善は難しいか。

今朝は理知的に食べられたと思うけれど、どこか食べすぎていたか。夕べは食後の収まりが少し悪かったため、それが尾を引いているかもしれない。

昼食でも食欲が強くなかった。やはり昨日の昼食の影響か。一度の無理は何食にも影響する。何度でも腹八分の約束を破ってしまう。それがなければ右肩で上向くのだろう。でも、それは難しい。

 

今日は散歩で二十分近く歩く。いつもなら折り返す地点で先に進んだ。そこであまり体力に不安を感じなかった。これも摂取が上向いているからか。

それなりに体力が満ちていると思う。それは頓服の効果なのか、それとも件の基本エクササイズのお陰か。どちらもあればより良いだろう。ここで焦らずにいたい。

ポリヴェーガル理論に基づくセラピーの書籍を再読し終える。神経系の配置は理解しずらいけれど、重要な認知はたくさん得られた。それで十分だと思う。旨味はとてもあった。もう間もなく次の書籍が届く。

 

その書籍には、「抗うつ薬は興奮をもたらし、神経系を覚醒状態にする」とも記されていた。なぜ交感神経系を活性化させるのかと思ったけれど、これも旧来の自律神経理論によるものなのか。

それではリラックスと闘争・逃走反応しか識別されないため、リラックス状態から強引に対極へ変化させている。鬱はリラックスに偏在しているとみなされているのだろう。でも、その件の書籍によれば、それは背側迷走神経毛による凍りつき反応だと記されていた。

 

他にASDについても記されている。そこに関与するのかと思っていたけれど、恐らくはその誤診を受けた人が含まれるのだろう。本当にその疾患がある人は、学校に一人くらいしかいないはず。

その書籍のエクササイズをすれば、ASDと診断された人の何人かは、再検査でASDではないとされたそう。

その概念やマニュアルは抽象的に思える。その障害を評価する神経的検査方法はないそう。ならば、医師の主観によるさじ加減となってしまう。短時間で皮相的な状態を判別される。厄介者のラベルに近くなってしまうだろう。

生まれつき人と関わることを拒む人など、ごく稀なはず。アーロン博士は前述の割合を記していた。学校の環境にストレスを感じやすい人はいて、その人は誤ったラベルを与えられている。必要なのはセンシティビティについてや、知能の高さによるそれだろう。

 

以前にフリースクール場面緘黙症と思しき人がいたけれど、それもポリヴェーガル理論からすれば、凍りつき反応をしているのではないか。トラウマ経験があればより濃厚になるだろう。それを思い出していた。

大方のメンタルブレイクは、新しい自律神経理論によって解明できるはず。リラックスとアクティブだけが全てではない。凍りつきという新たな概念が生まれている。それは薬物治療主義の世界で受け入れられるか。

過去のブログ記事を読み返すと、大したフィードバックになっていなかった。知識の精度や量が足りていない。それは一年前でそうだったから、良く言えば一年で上向いたと思う。

去年の夏場の辺りから勉強が進んでいった。無理のしすぎの病理は解明され、治癒のための手段も見つかった。記すことも少しはかさが増えたか。これを更に進め、より体系となった知恵や見識をまとめていきたい。

それが誰かの役に立つのか、何かの購買に繋がるのか。今はまだまだ下積みの期間。勉強と技能の習得をしないといけない。あと数年で色々と形になるはず。

 

健康と自立自活。最終地点は遠く見えなくても、いくらかは積み上がっているはず。社会交流をして健やかになり、コンテンツを創造して自活する。知恵による価値でも良いし、購買に繋げる営業でも良い。

いつかちょうど噛み合う時が来れば良い。健康と幸福があり、経済的にも成功している暁。それは究極の生活になると思う。今は辛くても、いつかの大きな財産になるかもしれない。多少の社会交流か、最低限の体力がほしい。

 

また明日。

 

参考書籍: