欠乏の不定愁訴ブログ

日々の気付きと過程の記録

気楽な創造 満足と束縛

今日は通院日だった。今朝はよく眠れたと思う。最近ではいちばん早く目覚めたものの、きつくはなかった。

夕べの摂取は低調だったものの、その後に無理を重ねることはなかった。今朝の胃は落ち着いていた。それでほぼ最良の量を食べ、無理もしていなかった。

体調は万全で、車中でパニックになることもなかった。それは出発前に件のエクササイズをしたからか。それで以前に出掛けたときも平気だったから、効果があるのかもしれない。

 

病院に到着して待合室へ行くと、患者は誰も居なかった。すぐに自分の番がやってくる。

診察は簡単に終わった。先月の調子を説明するなかで、自分から薬について話を持ち込む。消化管運動薬は継続し、頓服を常用することになった。ドグマチールも引き続き飲むことになる。その話は出来なかった。

五分診察なのは気になったけれど、自分のニーズは薬の処方くらい。胃の調子の話をし、薬を以前の好調時と同じにする。もっと体調を共有したかったけれど、目的は達成されている。

 

帰宅して昼食をよく食べられた。さっそく頓服を飲み始める。直近ではほぼ毎食後に飲んでいたけれど、途切れずに毎食飲んでいけば変わりそう。

ここからブーストしてくれたら良い。望みはそれくらいしかない。好調時と今の生活はそこまで変わらないはず。変わっているのはその服薬くらい。何とか上手くいってほしい。

日をまたいでまた記している。夕べはよく食べられた。その前の昼食で食べ過ぎていたのだけれど、頓服がしっかり効いてくれた。それで大方の負債が消えたのは良かった。

食前の感じも悪くなく、比較的するすると箸が進んだ。満腹の限度は落ちていたものの、余裕をもってよく食べられた。そして入浴後に間食を摂れる。最良の状態だった。

 

今朝の胃は落ち着いていた。よく食べられつつ、また余裕をもって収められる。これは良い調子の証だと思う。良くも悪くも、変動する時は一瞬だ。

昼食でもよく食べられる。おかずは少し貧弱だったものの、一汁一菜に達していた。それでも余裕がある方だった。ここ最近と比べればかなり上向いている。

そして散歩にも長く出られる。自然と図書館を一周しようとしていた。道中では不安があったものの、そこまで辛くはならなかった。帰宅しても消耗はせず、腹に良い刺激となった感じがした。

 

望みは頓服と基本エクササイズ。本質的には社会交流が必要でも、まずは最低限の体力がほしい。そこさえ手に入れられたら、何とか自立に漕ぎ着けるかもしれない。あとは公的な暇と扶助があれば良い。

あるインフルエンサーのビジネス書を読んだ。個人的には面白く読めた。やはり既存の価値に基づく技能の獲得が重要だ。ブログはライティングの足しになっても、価値を生むものになっているのか。それは市場に置いてみないと分からないだろう。

こういう読書をフィードバックの勉強と並行して進めたくなった。書籍はまめに読むのが良い。集中力も持たないし、理解するために文字を追う必要がある。読みきることに集中しても仕方ない。

 

フィードバックブログはビジネス目的に傾いている。自尊心を保ちたいがための務め。稼いで物を手に入れたくあるけれど、精神的な立脚点も強くほしい。生活の免罪符だ。それがあれば好きに生きていける。誰かに責められることはない。

でも、公的な扶助が得られるかもしれない。それは自活を迫られずに済むもので、確固たる存在保証になる。あとは最後の扶助か貯蓄を用いれば良い。いずれにせよ、働けないのは確かだし、働かなくても良い。生活の現実的な問題があるだけだ。

でも、やはり義務的に務めてしまう。それは現代の染み付いた理なのか、精神的な呪縛なのか。欠乏を満たしたいがための擬似的な無理だと捉えたりした。

 

作業に追われる感覚があるけれど、それはビジネスや健康のためだ。公的な暇と扶助、そして満足があれば煽られる必要はない。それを得てしまえば、作業の義務なんて崩れる。生活の満足があり、かつ扶助もされる。

まず満足が先で、そうなれば好きに創造や勉強が出来る。もうセルフフィードバックによるマニュアル作りは完成している。社交による効果の確証は得られた。だから局面は煮詰まっている。

年金によって扶助と暇を得て、後は好きに勉強と創造、社会交流をする。稼げなくても良いのであれば、根を詰めて学んだり、修練を重ねる必要もない。稼げたとしても、勉強のスピードを緩められる。それで存続は保てるし、後は健康になれば良い。

 

勉強とは言うけれど、何のためのものかを明確にしたい。今はセルフフィードバックのためにしている。健康になるためのものだったけれど、ビジネスに繋げるためでもある。

はっきりビジネスに繋げるのならば、やるべきことは明確になる。そして何年間か継続すれば良い。セルフフィードバックのためのものなら、すぐに結果が出るとは限らない。既存の価値にアクセスしてはいない。だから全く実を結ばないかもしれない。

でも、続けると精錬されることもある。それもあるし、なんせ自分は自活を迫られることがない。つまり、すべきことは好きに創造することで、その土台に健康があれば良い。

 

時間や仕事の束縛をなくしたい。何かに追われることなく生きたい。好きに遊び、好きに学び、好きに創造する。時間や量に縛られることなく、気楽に進めていく。

欠乏があるとそれは叶わない。だから満足が必要だ。それを満たすのが先決。その後に公的な暇を得られたら万々歳だ。自活を迫られることはなくなる。何をして過ごしても良い。

そこで怠けたいのではなく、創造的に生きていきたい。それが束縛のない日々。好きに満足と創造が叶う毎日。そうしていきたい。

一日の作業と量を決めず、暇を中心に過ごす。今は積み上げのペースが崩れると堪らなくなる。その束縛をなくしたい。自活の目的は定まっていないし、公的な立場も得られるかもしれないから。

まずは満足と健康。公的な暇を授けられつつ、好きに創造に費やしていく。それがいつか自活に繋がれば良い。それはいつかの話で、実を結ばせるために励まなくても良い。

 

また明日。

 

参考書籍: