欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

安全と愛 代謝の変化

今日は晴れている。散歩の道中では手袋を外したくなった。風は冷たかったけれど、日差しに温もりがあった。分厚い上着を少し余計に感じた。歩く時の体調が良ければ、もっと身体に効いただろう。

昨日の昼食後の収まりは微妙だったものの、夕食はよく食べられた。昨日よりも軽く食べられる。満腹の限度が上がったと感じた。それでいて苦しくはなかった。計測では増えなかったものの、昨日と全く同じだった。悪くないと思う。

無理がなければ食欲は安定するだろうから、そこで消化酵素による底上げを期待したい。基本エクササイズは変わらずやっていて、生活のストレスは強く感じない。社交と自活だけを望む日々。それと発信について。

 

今日の朝食と昼食はよく食べられた。でも、食前の状態は最良でなかったか。僅かに食べすぎがあったかもしれない。満腹によって最低限の摂取を維持しようとしてしまった。

夕食によく食べられたとしても、体重は増えなさそう。それは昨日も同じだった。頓服の効果は遅効のものなのか。そうならば良いけれど、一体どうなるだろう。

直近ではそこまで言いたいことがない。昨日に記したけれど、病的な無理のしすぎはなくなったし、後は最低限の体力を携えて社交すれば良い。もうそれだけの局面に辿り着いた。

セルフフィードバックすることがない。変わらず不定愁訴を記し、フラストレーションや建設的な日々を思案する日々。

でも、身体はまだ病的なため、フィードバックの種はあるかもしれない。そう考えると学びが尽きることはない。ただ、内的に机に向かうよりも、実践に移した方が良い。学びは大半を終えたはず。どうしていこうか。

 

哺乳類は社会的関係を持つ必要がある。爬虫類との差とは、適応のために社会行動をとることになったこと。すると可動化と不動化という二つの防衛反応に加え、新たな自律神経の文枝が現れた。

それは神経回路を活性化すると共に、二つの原始的な防衛反応の機能を制御する。いわば指揮者としての働きだ。その新しく出来た神経枝は、社会的な交流をもたらすと共に、高次の脳とも接続している。

その高次の脳は脳幹部に指令を出し、自律神経系の古い部分が防衛ではなく、健康、成長、および回復を支持するように制御する。全く危険がないと判断されると、古い防衛反応の機能を制御する。

 

腸や胃に問題があるのなら、それは不動化の防衛反応を引き起こす、無髄の迷走神経の働きによるかもしれない。これが背側迷走神経系だろう。

ただ、横隔膜より下の問題は、慢性的に可動化した闘争・逃走反応を使っている場合もある。無髄の迷走神経の働きが、活性化された交感神経系によって抑制される。

無髄の迷走神経は、消化を含む恒常性の機能を促進するよう。そのように記されていると理解した。慢性的に可動化した闘争・逃走反応による問題は、それが無髄の迷走神経の機能を抑制しているから。

 

胃腸を司っているのが背側迷走神経系なのだろう。それを覆うのは腹側迷走神経経であるべき。哺乳類が進化すると、生理学的な状態を調整できない無髄神経とは違う迷走神経経路を獲得した。

新しい迷走神経回路は、交感神経を抑制する能力があり、代謝の資源や恒常性のプロセスを最適化し、社会交流を自由に起こせるようになった。それが腹側迷走神経系。社会的に交流していると、代謝の需要が減って建設的に使われる。

 

ポリヴェーガル理論を理解するということは、人類が哺乳類であるが故に、生き残るためには他の哺乳類や人類と相互に影響を与えることが不可欠だったと理解すること。

社会的な援助や行動の神経回路は、健康、成長、回復を促進する神経経路と共有していると説く。安全を感じるためには他者が必要。

他者から安全であるという合図を受け取ると、不調を抱える人は防衛反応に入らなくて済む。そうならないと治癒ももたらされない。それは件のエクササイズの書籍にも記されていた。

 

腹側迷走神経は、身体が安全であるという合図を受けた時にだけ使用可能になる。すると内臓の状態は落ち着き、温かな合図を出せる。社会交流システムを抑制すると、やがて臨床的な疾病に罹患し、様々な症状を抱えてしまう。

でも、一生そのままなのではない。適切な刺激を加えることで、再び社会交流が活性化される可能性がある。ここで基本エクササイズをすれば良い。一時的に社会交流へ底上げし、それによって安全の合図を受ける。

韻律に富んだ声を出し、相手からもその声を聴く。これは母親が赤ん坊をあやす時と同じ。聴覚的な合図はニューロセプションを整える。

それによって腹側迷走神経が活性化し、恐れなき可動化や不動化が起こる。顔と顔を見合わせて遊び、リラックスをする。それが社会交流による安全の合図だ。安全と愛が全てを癒す。

自分の食事の摂取は低調だけれど、一汁一菜を食べられたら最低限だと思う。でも、それでもかなり痩せてしまう。もっと効果的に消化と吸収がされても良い。

それを阻むのは外胚葉形のネックだと考えていたけれど、代謝の変化もあるはず。他にも交感神経系が活性化すると、肝臓から糖分が放出される。

その問題を解決するには、やはり社会交流による安全と確保が必要。そうしないといつまでも不調に見舞われる。

ペットか社交。ふと現れた二つの順番。画面越しの交流では合図を受け取れないよう。生身の人間と動物ではどちらに手が届きやすいか。とにかく人さえ居てくれたら良い。皆はどうやって人と会っているのだろう。

 

また明日。

 

参考文献: