欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

逃走と繋がり 限度と理想

午後の今は曇っている。午前は気持ちよく晴れていて、春の日和だった。それに誘われて散歩に出る。気のせいなのか、晴れた日はためらいなく歩ける。たまたま作業を詰めていなかっただけなのか、本当に体調が良くなるのか。とにかく自然は大事なはずだ。

昨日の昼食後は間食を摂れなかったものの、スポーツドリンクを飲むとちょうど収まった。それで夕方までにフラットになる。そして昨日とは違い、夕食前の漢方で状態は変わらなかった。

夕食では早期膨満が薄く、十分によく食べられる。ゆっくり食べたのも効いただろう。腹も膨らんでいて、計測では増えていた。前日よりもかなり増えていて、増加の曲線が一気に上がる。尿量の誤差は少なかったはず。

 

前回に捉え直したように、やはり無理をしなければ上向いてくる。なるべく無理を減らしつつ、それなりに胃の持久力を上げる。その流れがあれば変わってくる。

理想はここで消化酵素の効果があれば良い。直近では時の運で食欲が変動する。その影響が最小限であるのなら、総合的には上向くはず。もっと満腹の許容範囲が広くなれば良い。それを助けるのが消化酵素であればだ。

次に読む書籍はまだ届かないため、ポリヴェーガル理論入門を再読している。概念は大まかに理解しているものの、再読でより簡単に理解が深まった。一部を要約してみる。

 

人間は防衛に入ると、代謝のための資源を防衛に使う。交感神経が活発になれば血圧は上昇し、酸素が取り組まれ、肝臓が余分な糖分を放出する。

背側迷走神経が活発になれば、新陳代謝を減らし、酸素消費も減らし、食欲を減らす。これは爬虫類の時代の名残。これらが生存確率の下がった際のストレス反応。

これらの過度の活性化、つまり恐れを伴う可動化・不動化が問題。これを取っ払うのが社会交流で、それによって安全の合図を感じないといけない。すると恐れなき可動化・不動化が起こり、代謝は適切なものに変わる。そして健康、成長、回復が促進される。

可動化のシステムが高度に活性化すると、防衛反応が引き起こされ、不動化の回路を抑制するそう。胃や腸に問題を抱えているのなら、それは背側迷走神経による恐れを伴う不動化があるのかもしれない。ただ、交感神経の可動化が背側迷走神経の働きを抑制している可能性もある。

どちらにせよ、恐れを伴う可動化・不動化を抑制するには、腹側迷走神経による社会交流が欠かせない。交感神経による逃走反応には、特定の場所を拒むものもある。不動化か可動化のどちらが活性化されていても、問題なのは安全の合図を感受できていないこと。恐れを伴わない不動化・可動化が必要。

 

自分は凍りつき反応を起こしている訳ではないはず。胃腸に問題が出るとすれば、凍りつき反応か闘争・逃走反応によるもの。それはやはり、逃走反応がネックだろう。それを抑えなければいけない。

代謝が冬眠状態になっていても、移動のサービスさえ使えれば良い。自分は慢性疲労状態などではない。凍りつきではなく、交感神経による反応や、代謝の変化があるだろう。それが胃腸の機能も落としている。

 

そのなかで、今の生活は許容できるものだろうか。今日も散歩へ出られたし、体力は壊滅的ではない。近くに店や居場所があれば良いだけ。ただ、不定愁訴の影響は大きい。体力は安定しても、上腹部のきつさはしょっちゅうある。それを抱えて生きていけるのか。

扶養や世話がなくなった場合、一人で生きていけるだろうか。それがネックだ。移動サービスの利用はあっても、身体そのものを移動させないといけない。なるべく体調の安定はほしい。

いや、それは抜本的な治癒に繋がるか。本質的に社会交流をすべきなのか。でも、それが出来ないなら現実を見るべきだ。自宅で自活をし、移動サービスを使って生きていく。それが現実的な限度。

嗚呼、だから最低限の余裕さえあれば良いのに。それくらいは薬物の力を頼りたい。なぜ去年はそれが上手くいったのか。とにかく必要な余裕さえあれば良い。慢性的な状態で推移すれば良いだけ。そして上述の生活をする。

 

それが上手くいくなら良い。でも、やはり本質的な治癒が必要なのか。近くに居場所や人はいない。公的な場所が出来ることはないだろう。あるなら何かの繋がりを取り戻すこと。この思考がいけないのだろうか。これが逃走反応でもある。

自分はとにかく勉強をしたいし、友達は要らないと思い始めた。求めているのはパートナーだけで、家庭の時間にしか割きたくない。個人の時間に勉強をし、家庭の時間でリラックスをして、インターネットで存在を発信する。

そこで人となりを表し、誰かと繋がる。所属や承認を求め、出来ることをしていく。そうやって生きていたい。それで良いのだと思う。もう同年代とは人生が交わらない。それに不満足はない。親愛なるパートナーかペットがいれば良い。そう思っている。

今日も勉強と表現のみだ。何かで自活が出来ていたり、公的・個人的な扶助が得られていたらどうなっていたか。そうなれば、本当に好きなことを好きに出来る。

それでコンテンツや技術を身に付け、キャラクターを発現させ、コミュニティに属す。そこで貨幣経済から脱出できれば良い。そんな本を読んだ。

フローやストックの更新に縛られることなく、好きにインプットを高めたり、アウトプットをしたりする。たまに人と会い、ストレスを溜めないようにする。評価経済で土地と人を乗り越えること。それが出来たら面白い。

 

また明日。

 

参考文献: