欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

生理学的な本質 答えの探索

今日は午後になって青空が見えてきた。今朝方までは雨が降っていたものの、今は光が強く差している。午前に歩いた際は、道端の雪が減っていたのを感じた。雨でかなり溶け出している。風もあまり体温を奪わず、平気でいられるようになった。

昨日は昼食後の収まりは微妙で、夕方までにまた滞留感があった。それでも食前の漢方で状態は落ち着き、何とか食べられそうな気がした。

そこでゆっくり食べ進めたものの、今度は単純にきつい満腹になった。昨日と同じ感触で、早期膨満と違う溜まり方だった。胃が小さくなった感じではないものの、満腹感が強かった。

それで昼夜ともに間食を摂れない。計測では微減していた。多少は食べられているはずでも、最低限の体重しか維持できていない。体力もそうで、本当にぎりぎりだ。

去年はなぜ調子が良かったのか。これが単独で稼働する背側迷走神経系の働きか。家の中に腹側迷走神経系はおらず、家が朽ちない程度にライフラインが保たれている。

それでも、今朝に負債を残すことはなかった。そこまでの落ち込みがないのは救い。それで最良の量を軽く収め、昼食もよく食べられた方。今日は間食を食べた。夕食までに負債は残らないはず。

今日はいつもの散歩の時間に雨が降っていて、その時に歩くのをやめた。でも、一時間ほどすると曇りになり、そこでちょうど歩きたくなった。身体にエネルギーが満ちていて、それを発散したくなって歩いた。

家の近くを少し回る。十分程度で、このくらいがちょうど良いのだと思う。身体に良い刺激となった。以前も同じようになっていて、改めて運動の習慣を捉え直した。それはぎちぎちでなくて良いと思った。

新しく得た認知を一つ記そう。

精神は、神経系が教えてくれることに従って世界観を形成します。

セラピーのためのポリヴェーガル理論 P44

とても興味深い。病気の全てが脳と遺伝子由来ではないということか。それはポージェス博士が記していた。活性化、抑制、反応といった、一連の生命活動を柔軟に操れないこと。それがメンタルヘルスの大半ではないか。

精神科医が様々なメンタルヘルスを解説していたものの、いまいち釈然としないような口ぶりをしていた。個人的に勉強した病気では、トラウマが原因となっていたり、ポリヴェーガル理論によってパラダイムシフトが起きていることを知った。

臨床のドクターが全てを把握しているわけではない。メンタルヘルスの領域だと特にそうだろう。そもそも化学的な根拠や、生理学的な根拠に基づかない診断が多すぎる。問題が顕在化しだした症状を、簡単なチェックリストに基づいて診断している。

そしてそれは、脳や遺伝的に問題があるとされている。いつかそれがひっくり返るのではないか。脳や遺伝子に問題がないのは、生理学的な状態、つまり新しい自律神経理論によって覆されつつある。そのため、本質の理解が容易くなっている。

 

日本が遅れているだけなのか、しがらみばかりなのか。好ましくないラベルに不満があったり、ドクターの診断が好転をもたらさないとすれば、もう自分で解決策を探るしかない。自分はそう主張したい。根拠は自分がそのように努力し、かなり回復があったからだ。

答えはこの世に生まれているかもしれない。常識が間違っているのかもしれない。上述の意見こそ誤りかもしれないけれど、自分はそう思っている。あるいは、解決不能の問題に見えたとしても、どこかに解決策が埋まっているかもしれない。そういうことだ。それをここに記しておこう。

別の思考していることを記す。発信に関するものだ。ある人物いわく、「インフルエンサーは価値観を売っている」という。それを評価経済や、読んだコラムを元に考えてみる。

価値観を売っているというより、価値観を教育しているのだと思う。もっと嫌らしく言えば、価値観の洗脳であるかもしれない。偏った価値観、立場を明確にし、自分が代わりに意見を持つ。それを発信するのが肝ではないか。

価値観を持てないような人、言い換えれば、意見や正解を求めている人に影響している。自分で腹を括るのは簡単でないから。その人たちを教育し、何かを売っていく。

価値や立場を叶えるための技術をまとめる。それを購買に移す影響力。それがインフルエンスというものか。これが価値観を売るということ。

価値観を叶えるための実績や技術が必要で、それを本人が持ち、その人の成長を共鳴した人に再現させる。これがその商売の実態。

 

評価経済の概念と照らすと面白い。それは洗脳競争社会でもあるそう。評価が高まれば、それによって貨幣経済を抜け出すことができる。あるインフルエンサーは、色々な人からの物資の提供を投稿していた。

色々と不意にインプットになっている。インターネットを興味深く眺めていると、関心が色々なところで繋がる。それはとても面白い。様々な知見を吸収するのは刺激的だ。何人もの人生分を吸収できる。

吸収した人の意見にも多くの人生が詰まっている。つまり、何年何人の人生や歴史がどんどん蓄積する。それが勉強だ。先人の失敗を吸収できる。それはあまりにも優位になるのではないか。きっとこれからそうなるはず。

 

また明日。

 

参考文献: