欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

神経系への刺激の欲求 協働調整の必要と能力

今日は晴れのち曇りか。午前は晴れていて、いつもの道を散歩した。変わらず消耗はないものの、エネルギーが余っている訳でもない。まだ抜本的には上向いていないか。

そしてまた内的に費やすのみ。読書とインターネット。セルフフィードバックはそれなりに済んでしまったし、何かの意欲・情熱もない。誰かの役に立ちたいことがない。

 

少し前に食欲不振が連続していたけれど、夕べの計測では大台に戻っていた。時の運による一喜一憂の後の出来事。ここ直近で急激な右肩上昇だ。これは一時的なものか否か。

昨日は夕方までの空腹感が強くなかったものの、食前の漢方が悪く溜まらなかった。それで最良の量を摂れる。腹の膨らみはそこまで感じなかったけれど、計測では明確に変化があった。これからどうなるのか。

私たちは、協同調整する必要と能力によって定義されます

セラピーのためのポリヴェーガル理論 P281

これに関連する記述もあるだろうけれど、上記の部分はそれだけが記されていた。社会全体の通念として、人間は協働調整するものだと認識されているか。確かにそうかもしれない。それが出来ないことで臨床的ラべルを貼られ、社会的立場も固まってしまう。その本質はこの多重迷走神経理論にある。

私たちは、ポリヴェーガルのレンズを通して、これらの生理学的状態が心理的物語を作り出す、ということを理解しています。自分自身について、他者について、関係性についてのクライアントの物語は、彼らの自律神経系の状態に支えられます。自律神経系の状態の調整が取れているときに初めて、クライアントは、柔軟で壮大で、創造的で、スピリチュアルな思考を持つことができます。

 P281

自律神経系の内なる叡知に敬意を払い、防衛パターンを作り直し、つながりのパターンをリソースとして再形成するのにちょうどよい量の神経系への刺激を与える方法を探すことです。

 P282

「ちょうど良い量の神経系への刺激」か。人間は他者との協働調整をすることにのみ、生存確率を上げられる。基礎の低次欲求を満たし、所属と愛、さらに尊敬と自尊を得ること。そうすることで心身の健康がもたらされる。

そうやってストレスを解消すること。それはすなわち、生存を確かにするということ。ちょうど良い刺激とは、基本的欲求の満足だろう。まさにマズローの理論と重複する。この本質論は様々な汎用が効く。

 

『セラピーのためのポリヴェーガル理論』は再読を終えた。次に読む書籍は『身体はトラウマを記憶する』にしよう。その先にはピーター・ラヴィーン氏の書籍があったり、発達性トラウマに関するものがある。新たなセラピーはどんどん生み出されている。

それをもうしばらくは開拓するか。それ以外のセルフケアの書籍も見逃せない。それが済めば次は発達障害などか。あるいはセルフフィードバックに繋げない勉強もしたい。

「人間の集中力は三時間しか持たない」と記されていた。あるインフルエンサーからの情報で、別の人も同じように記していた。『スマホ脳』にはたしか「原始時代の狩りの時間は数時間ほどだった」と記されていたか。

二時間の読書とアウトプットといったところか。本当に頭が働くのはそれくらい。そのアウトプットをどう施そうか。書籍のレビューや書評が気になるけれど、その表現は難しそう。大変な作業になると思う。

でも、フィードバックの種は尽きている。欠乏ブログ/日記・パーソナルマップと、セルフフィードバック/選書・レビューに分岐させようか。あるブログもこのようなスタイルだと思う。

人となりや生活、思考が分かる文章が前者で、後者はラベルや臨床的診断に依存しない価値観を提唱する。そのためのフィードバックを体現し、教育する。そこから書評かつ販促に繋げる。それぞれの独立は難しいか?

 

最近にブログへ100アクセス近くあった、詳しくは分からないものの、一人の方に多く閲覧されたと思われる。はてなのトップページに載った訳ではないはず。

何か琴線に触れたのであれば嬉しい。それだけでも自信がつくし、「積み重ねたことは無意味でなかった」と思える。

でも、その後はめっきりだ。零か一桁台の前半が大半。過去のエントリーを修正しているけれど、「それなりに良いことを記している」と思えたりする。その実際の評価はどうなるのだろう。

それは人目に曝さないといけない。クオリティーが足りないのか、場所が悪いのか。どちらにせよ、とにかく工夫が欠かせない。ひたすら変化をすること。選択肢は全て試すしかない。

 

何か出来ることで仕事をしてしまえば、もうほとんどの悩みはなくなる。何か需要のある仕事に費やすか。そうして空いた時間で勉強する。それを義務的にアウトプットへ繋げる必要はない。日記を記しつつ、セルフフィードバックもしていく。

欠乏ブログ、セルフフィードバック、書評・選書ブログ。お金にならないことであっても、自分の出来ることを与え続ければ良い。それで役に立ったり、感謝されたりすれば儲けもの。それが才覚の油田であり、後はそれを展開していけば良い。

そのためには評価が必要。嗚呼、またここに行き着くか。どうすれば良いのか。出来ることと言っても、簡単に使いこなせる技能は思い付かない。何を簡単に産出し続けられるか。それが全ての鍵だ。

 

また明日。

 

参考文献: