HSP/INFJセルフフィードバック

日々の気付きと過程の記録

内臓感覚と理知の力 異なる方向

今日は晴れている。昨日は雨がぱらついていて、明けた今日は緑が目についた。新緑の若葉が萌えている。その鮮やかな色が映えてきた。今日になってそれが目立ったはず。

日の暖かさと風も変わった。これぞ春だと感じた。ここ何年かの散歩を思い出したし、色々な感触を得た。そんな豊かな時間を都市部で味わいたい。それをずっと思っている。

一昨日の計測では微減していた。大台ちょうどの水準。その前の夕食はそれなりに収められたものの、そこまで腹は膨らまなかった。昼食では満腹になっていたからだろう。

規定の量を用意するのも吹き飛んでしまいがち。体重が増えないのはそういうことがあるからか。そういう時に停滞が起こる。改めてそう捉え直した。

 

摂食障害は誤診だと思うけれど、トラウマが原因なのは同じか。だとすれば、本質的には誤診でないということになる。醜形恐怖はないものの、トラウマによる体調コンプレックスがある。それが摂食不良をもたらす。

耐え難い感情を抑えようとすれば、身体くらいしか頼るものがない。その点で言えば摂食の障害になるか。最近になって気づいた。自然に物を摂れたなら、それだけでもかなり落ち着くだろう。体重も少しずつ増えるはず。

 

内部信号を捉えれば、それで安全の満足は得られる。すると社会交流まで進めるか。ネックはトラウマを再現してしまうこと。理知的に不調コンプレックスは鎮められたものの、好調コンプレックスでそれは難しい。

余裕を持ちたいのが半分、まともに生きたいのか半分。とにかく自尊心を満たし、誰にも干渉・叱責されないような暮らしをしたい。生存を確かにし、健康になって自立・自活をする。それが自尊心を満たすものだ。そのためには身体を頼るしかない。そのコンプレックスが摂食の不良をもたらす。

 

夕べの計測では微増していた。夕食を最良で収められ、それなりに腹が膨らんでいた。昼食でもよく摂れていて、軽く収められつつ、間食も摂れていた。その昼食の調子が通常になれば良い。

入浴後の間食を誤ったかと思ったけれど、今朝に影響はなかった。それは胃の持久力か、基本エクササイズによるものか。とにかくフラットに戻ったし、また理知的に摂っていきたい。

『身体はトラウマを記録する』から印象に残った部分を引いてみる。上述の内部信号にまつわる話だ。それは心理学の専門用語としてあるのか。

私たち人間は哺乳動物、つまり、集団でしか生存も繁栄もできない生き物なので、これらの必要のどれを満たすのにも、協調と協働が欠かせない。精神的な問題は、内部信号がうまく働かないときや、自分の地図をたどっても行くべき場所に行き着けないとき、体が麻痺してしまって動けないとき、行動が必要性と一致しないとき、あるいは、人間関係が破綻したときに起こる。

身体はトラウマを記録する P94

マズローがノイローゼについて記したのと同じだろう。脳は生存を確保するため、体が必要とする内部信号を生み出す。それを感受できなくなるのが精神疾患であり、かつてはノイローゼ・神経症と呼ばれていた。その原因にトラウマがあるのも多いだろう。

(中略)  睡眠が妨げられたり、腸が機能しなかったり、つねに空腹感があったり、(トラウマを負った子供や大人がしばしばそうであるように)触れられただけで思わず悲鳴を上げたくなったりすると、生体全体が平衡を失う。精神の問題のじつに多くが、睡眠や食事、接触、消化、覚醒の困難を伴うのには驚かされる。トラウマの効果的な治療はどんなものであれ、こうした体の基本的な「維持管理業務」に取り組む必要がある

P95

(中略)  内臓感覚(軽いむかつきから、胸に湧き起こる逃れようのないパニックまで)のせいで、何であれ今あなたの心が注意を集中していることに差し障りが出て、身体的にも精神的にも、異なる方向にあなたを向かわせる。そのような感覚は、たとえどれほどかすかであっても、私たちが人生を通して下す大小の決定に対してじつに大きな影響力を持っており、たとえば、何を食べることにするか、どこで誰と寝たいか、どんな音楽を好むか、庭仕事をしたいか、それとも合唱隊で歌いたいか、誰と友達になり、誰を嫌うか、などを左右する。

P97 

軽いむかつきという内部信号はよく感じ取る。それによって差し障りも出ていて、それが違う方向へと向かわせてもいる。それが協調と協働、つまり社会交流だろう。最後の目標はそれになる。

 

むかつきを感じるのは、主に午前に読書をしている時。朝一番のエネルギーをまず読書に費やす。内臓の感覚というのは、爬虫類脳と大脳辺縁系が一緒になって生むそう。それらは危険、あるいは特別な機会を感知すると、ホルモンを放出して知らせる。

爬虫類脳は脳幹にある。機能からしても、背側迷走神経系との結び付きがあるはず。それは視床下部と共に体のエネルギー水準を制御し、心臓と肺の機能を協調させ、内分泌系と免疫系の機能も協調させる。

大脳辺縁系は情動の座であり、生命の維持にとって何が重要で何が重要でないかを裁定する。それは自身の遺伝的構成と持って生まれた気質と協働し、経験に応じて形作られる。ある反応が繰り返し発火すれば、それがデフォルト設定になる。安全で愛されているとすれば、脳は探検や遊び、協力が得意になる。

 

刺激追求性もそこから生まれるのかもしれない。過去の養育環境は劣悪ではなかった。その時に快適に暮らすための行動構成が作られた。今はそれに反してしまっているため、だから内臓感覚としてむかつきが生じる。そういうことなのか。 愛を得られていたため、今も愛が必要ということか?

今すべきは社会交流。最低限の体力はあるし、それを求められているのだろう。読書も必要ではあるだろうけれど、それで健康になることない。摂食の調整を取り、体調コンプレックスも収めるには、やはり親愛なる人との関係が必要。理知の力はあるのだから、とにかくそれしかない。

現実を生き、必要な内部信号を捉えること。そのための努力をしないといけない。勉強をしてセルフフィードバックするなり、セラピーを受けることだ。

脳の機能を取り戻すための認知は、読書からでも得られるだろう。誰でも理知の力を復活させるのは可能なはず。少なくとも努力の土壌はある。

 

また明日。

 

参考文献: