欠乏の不定愁訴ブログ

日々の気付きと過程の記録

慢性的なトラウマと順応 静的な進歩

一昨日の計測では増加があった。間食の都合で夕食は振るわなかったものの、腹はそれなりに膨らんだ。

「間食は早めに摂るべきだ」と思ったけれど、規定の量を摂ろうとしたのがいけなかったか。またそのような気があった。それが仇になっただろう。間食でも引き延ばしをした方が良い。次の食事を潰さないようにだ。

 

夕べの計測では増加していた。考慮すべき点はあれど、腹はかなり膨らんだ。夕食は気楽な摂取が出来ていた方で、それで上向いたのは有難い。

その前の昼食は微妙だったものの、頑張ることはなかった。それで少しして間食を摂ることが出来る。そこでも軽く収めたため、夕食に繋げられた。それが良かった。

ここ最近の捉え直しが効いているか。直近では内部信号を感知することが出来ている。昨日のように腹が連続して膨らめば、かなり変化があるだろう。

『身体はトラウマを記録する』で一つ気付きがあった。その部分を引いてみよう。

追跡調査の結果、虐待が発達にどのような影響を与えるかについての詳細が明らかになった。(中略) 三年後、同じ問いに対して、虐待を受けていない参加者は再び苦悩の微候を見せたが、虐待を受けた参加者は機能停止に陥り、麻痺状態になった。(中略) 三年後には、虐待を受けた参加者が一年間でもっともストレスを感じた出来事を報告したとき、コルチゾール値は下がった。時が経つうちに、体が慢性的なトラウマに順応するのだ。

身体はトラウマを記録する P271

「身体が慢性的なトラウマに順応する」というのは初めて知った。そういった事もあるのだろう。いや、闘争か逃走が出来なければ、背側迷走神経系が優位に立つ。麻痺状態とはそういうことだろう。その状態ではコルチゾールが出ないのか。

すると代謝に問題が表れたりする。自分はその問題が大きい。身体は最低限の代謝しか維持しなくなり、それが消化や吸収の問題に繋がる。腹側迷走神経系の主人が居なくなれば、その家は最低限のライフラインしか保たれない。

やはり交感神経系の活性化がありつつ、背側迷走神経系の活性化もある。必要なのは社会交流。恐れなき可動化・不動化だ。アクティブな競争などの遊びや、愛する人の懐に抱かれること。その好ましい迷走神経の働きが求められる。

 

それでも、今年はあまり体調が乱れていない。こもれば風邪を引くことはないけれど、不定愁訴も打撃的ではない。去年は食べすぎて戻しそうになったりしたけれど、今年はそうなっていない。きつくてままならないことはなく、読書もほぼ欠かしていない。

そう考えればいくらか進展はある。目標は移動に耐え得る体力を得ること。将来は乗り合いサービスを利用できたら良い。対面の用事を高ぶらずに過ごし、会計などを済ませられたら良い。それで最低限の自立にはなる。自活の問題があるけれど、経済的な救済制度はある。必要なのはそれだ。

静的な進歩はあるはずだ。目に見えるそれはなくても、大きな問題はじりじりと動いているはず。それはいつか転がるようになるだろう。問題を解決するために力が付けば、その後の人生は楽に生きられるはず。人生の出来事に意味を持たせること。

五月晴れの陽気が続いている。ブログを記す以外にタスクはない。読書と思考と言語化はしている。でも、それが性に合うことなのか?それが分からないし、評価をしてもらえない。

嗚呼、評価が怖いし親に見せられない。働かないと何もかも保てない。体調の制約はあれど、切迫のない環境はある。後は意欲に従えば良いだろうに、これといったものがない。親はそんな今も働いている。

 

ブログなりのあらゆるWebページは、誰かに見つけてもらわらないけない。そうでないとと伸びないだろう。それは検索エンジンか、権威ある人か。それらに評価されることが重要。

そう考えてみても、そのためには市場に出るしかない。市場性のある場所で人に認めてもらえば良い。どんな創作物でもそうだ。ただ作品をたんすに閉まっても始まらない。それで嘆いても頓珍漢だろう。

 

何かの創造的な意欲を活かせたら、それがどこかで仕事になるかもしれない。それを極めて助言が出来るようになったり、面倒なことを代行できたら良い。誰かの手間を代行できれば、それが仕事になるはず。

でも、そんな意欲がない人もいる。それが問題だ。だとすれば、それなりに性に合う実用的な技能を身に付けるしかないのか?諦めて身を立てること。自分はそれを選びきれない。文筆で蹴りをつけられていない。

 

意欲ある簡単に出来ることか、それとも単純に詳しいことか。何十年も生きていればインプットはあるはず。何かしらの蓄積はあるだろう。だからそれを活かせば良い。

ある作業が簡単でなく、意欲もなく、はたまた詳しくない人がいる。その人の役に立つ何かがあるだろう。興味のあることと、詳しいこと。あるいは人に勧められる何か。人に褒められたり、感謝されるものがあれば良い。でも、そう経験するような関係性はない。

 

まずは行動して試行錯誤すること。そのなかで意欲があることを見つければ良い。意欲あって簡単に出来ること。代わりにやってあげられる詳しいこと。

やはりそれは読書でないか。気付きの分かりやすい言語化と、それによる共感と励まし。それがあれば良い。詳しいのは自己理解に役立つ知識。そうやって人を支援できたなら、対価を貰えるようになるかもしれない。

やはりそれしかないのではないか。嗚呼、これは意味のないものなのか、準備の段階なのか。誰か教えてくれないか?

 

また明日。

 

参考文献: