欠乏の不定愁訴ブログ

日々の気付きと過程の記録

暇人と仕事 意欲の掛け合わせ

通院は午前に終了。行程は二時間半ほどで終わる。基本エクササイズの効果か、そこまで緊張はしなかった。

診察では五分診察だったものの、特に言いたいことはなかった。捉え直しを披露するのも何だし、解熱剤をもらうまでもない。あるとすれば手帳の申請の際か。薬の処方だけがニーズではある。

店と薬局に寄って帰る。疲れはなし、胃に不定愁訴はない。特に書籍なども読まず、インターネットに接続するのみ。

 

もう何の意欲もない。ドクターに気になっていることを言おうかと思ったけれど、「自活したいくらいです」とは言えなかった。それが出来る人間でもなかろうに、また本分でもないだろう。在宅で稼ぐなど笑われる。そう思って急に恥ずかしくなった。

明日が某ワクチンの摂取日。夕食を抑えて摂り、早く寝ることだ。今日の行き帰りではそこまで緊張しなかったし、難なく乗り越えられるのではないか。

「暇人が憎い」という投稿をはてなで見つけた。その人は週に二時間しかゲームをプレイ出来ないそう。その発言に対し、「暇人は仕事を求めているかもしれない。あなたは社会の歯車にならざるを得ない自分が憎いのではないか」というコメントがついていた。自分の境遇がよく言語化されていて、共感した。

何故ゲームにはまるかと言えば、それは自己有用感、つまり自分の能力が適所で活かされ、役割などを通して刺激的に生きられるのを求めているからだろう。色々な面で働き者だ。

人生自体がゲームの中の世界のようになれば良い。能力の活用と刺激、機能の向上と役割、それによる有用感。それを現実で味わえたら理想だ。

ビジネスもスコアゲームだと表す人もいる。人生をロールプレイングゲームのように進められたら良い。働くことをゲームをするようにする。技能によって役割を見つけ、成長していく。

でも、技能を見つけるのが難しい。自分の持ち合わせが何か知り、それを練磨していかないといけない。またそれが文化的にも求められないと始まらない。人類全員が豊かに働けたら良い。仕事がほしい。

退屈や欲求不満を感じ、あるいは、自分の能力を生かしきれないという思いや周りに圧倒された感覚をもちながら、ダークホースたちは、不本意な道をとぼとぼと歩いていた。そして、何年も歩いた末に、ようやく、充実した人生を送っていないことに気づく。

転機にさしかかる前は、ダークホースたちも社会が敷いたレールに沿ってひた走っていた。知らず知らずのうちにそうしていたが、転機を迎えてからは、彼らの選択は新しい考えのもとに決断されていく。つまり、この道を行けば「充足感」に辿り着けるだろうという思いが、彼らの選択の動機になったのだ。

(中略)

彼らは「本来の自分であること――充足感」を求めて努力したのだ。個性が重要なのだ、という観点を死守して。

Dark Horse「好きなことだけで生きる人」が成功する時代 P49~

ダークホースとして成り上がるのなら、様々な意欲を掛け合わせないといけない。いや、その前にまず意欲が尽きない人でないと始まらない。それがネックだろう。そしてそれを役立たせるのは簡単でない。嗚呼、能力とは何だろう。退屈をどうしのげば良いのか。とにかく仕事がほしい。

 

トラウマや発達障害について調べたり、自分について知るのは好きな方。でも、あまり意欲はなくなってきた。苦しみやフラストレーションは減った。学んでもそれをまとめる意欲が薄い。

今あるモチベーションとは、「稼げるようになりたい」 「病気を解明したい」「自分について知りたい」ということ。でも、それがまとまったコンテンツになる気がしない。そしてそれを親類縁者には見せられない。嗚呼。

 

好きなことで発信しないと続かない。好きならば永遠に続けられるはず。それをすること自体が報酬になる。更に好きなことを続ければ、自ずと熟練の域に達する。それを発信してみれば良いか。料理好きなら料理、家事好きなら家事、思考好きなら思考(言語)を発信してみる。

何か好きなこと、モチベーションがあるもの、成長できるものに費やせば、自ずと熟達者になる。そうやって役に立つこともあるだろうし、そもそも報酬がなくても満足を得られる。創造性とはこういうことか?

 

文筆家あるいは弁舌家は、多くの言語に触れ、物を語るのが仕事だと思う。思考をフックにし、何かの知見や見識を売る。それは物事の本質を語ること。言語を通して思考し、独自のエッセンスを垂らす。そのために様々な認知を得る。それをまとめて商品にすれば良い。

自分にはセルフフィードバックしかない。でも、それはほとんど尽きている。稼げるようになるための考察・煩悶はコンテンツになるというのか。勇気による行動と工夫が足りないのか、まだ準備段階なのか。それとも相応しくない選択なのか。

 

とりあえず意欲を掛け合わせ、何かを表現する。そうやって楽しんで発信し続け、質問などのフィードバックをコンテンツにする。

自分の意欲を見つけ、それに時間などを多く費やしていく。そしてその事柄を極め、分かりやすく表現していく。

お金と時間を使って自分の価値を高めること。自分を知ることが好きなら、それによって何の問題が改善されたかまとめれば良いか。すると似たような人の役に立つかもしれない。

「人に何のアドバイスが出来るか」も必要な視点か。何かで人助けが出来ないか考える。今までに何か蓄積があるかもしれない。あるとすれば、その根底には意欲があるはず。そして簡単に出来ることでもある。詳しくて簡単に出来、興味があって意欲もあること。

言語による表現ならば、やはり思考による意見・見解が肝だろう。知的なインプット、つまり様々な学びを発信し、信用を得ていく。それで集客し、何かのコンテンツを買ってもらう。

とにかく学びだ。そうやって人間としての価値を高める。芸能人などでないのなら、それによってフォローされるのみ。

でも、多くをさらけ出して発信するのが怖い。今もすでにそうしているけれど、認知や評価はない。自ら本腰を入れるのならば、必要な工夫をすれば良い。ただ、そこまでの覚悟はない。とりあえず続けているのみだ。

 

また明日。

 

参考文献: