欠乏の不定愁訴ブログ

日々の気付きと過程の記録

準備と蓄積 持ち合せと発現

今日は曇っている。通院とワクチンの接種を終え、今のところ無事に過ごしている。心配していた副反応はほとんどなかった。反応しないくらい免疫が働かなかったのか?いや、もう少しで免疫はつくはず。家族もみな打ち終わったし、リスクはかなり減っただろう。

でも、誰にも会う予定がないのは辛い。出掛けはそれほど危なくないだろう。今夏には成人式があるけれど、出席することはない。今更どんな振りをすれば良いか分からないし、そもそも着るものがない。田舎に決まってある量販店の服しかない。

それでも、もうそれ以降に人生は交わらないだろう。これが最後の接点である可能性が高い。かといって、自分から会いには行けない。年相応の恋愛の悔いは残したくないけれど、それはもう無理だと分かってきた。仕事はもちろん、金銭も経済も、食事も出掛けも何もかも、自分は普通のことが出来ない。

病を通じて同類と出会う他ない。もうその事が分かってきた。病が治らないと始まらない。青春らしい時間なんて幻想だろうけれど、やはりそれを思う。ただ、誰しもそう過ごせないから幻想が作られたはず。

どんな形でも良いから、いつか親愛なる人に出会えたら良いのか?きっとそうだろうけれど、その時分にしか出来ないものがありそうだ。そう思うと不可逆を思いたくない。それはある。

昨日は計測前に便通があったものの、体重は減っていなかった。それは大台から一キログラムの手前。今日は昼食と間食が微妙だったものの、たまたま夕食に問題はなかった。

摂取はそこまで上向いていないけれど、昨日から数字が変わっている。調子が上向く時というのは、多少の食べすぎでも問題にならなくなる。一体どうなる?変わらず食欲はまちまちで、快い空腹はまだ遠い。

 

『身体はトラウマを記録する』を読了する。六百ページもある分厚い本だ。一回目の読了は粗方の内容に触れるもの。知識にするには何度も読み通さないといけない。

印付けなどはしたため、再読するのは簡単になっている。ただ、振り返りをするのにも時間がかかりそう。参考資料などで百ページもある大著。新しい認知を優先すべきか、それは後回しでも良いのか?

新規開拓と真の知識の獲得。その他にも世の中のことを知りたくあるし、物語も読んでおきたい。あるいは画面の中にも素晴らしいものがある。活字を追うのはきついけれど、知識を得るのが好きなのだと思う。その密度が高いのが本になる。そして効率も良い。

『身体はトラウマを記録する』にもたくさんの認知があった。それが「セルフフィードバックにはならない」という理由で、ここにまとめなかったりした。確かに直接は気付きにならなかったけれど、学びにはなっていた。それをもっと落としておけば良かったか。次からは短文でまとめたりしたい。それがフックになればだ。

最近もとにかく意欲がない。身体にも精神にも余裕が生まれたのか、「読書とインターネットをしたい」くらいのものしかない。創造にまつわるそれがなく、悪い意味で安穏と過ごしている。

人の役に立とうとすると駄目なのか?上述の二つに費やせば何かを生める?それを試していないのが悪い?それともスタイルの問題?意欲的だったり楽しめるものがない。

 

過去を振り返って思った。文章を記そうと思ったのは、「フラストレーションを晴らそうと思ったから」だろう。その根源が薄れてきたのだし、産出が滞るのは当たり前か。

いや、知識によって問題を解決したのだから、今度は別の形で持ち合せを発現すれば良いか。新しく産出の形・ペースを刷新していく。フラストレーションや苦難から生まれるものはなくなったけれど、それはまとまった量になっている。それをフックにし、今度は違う形でコンテンツを生めば良い。

日記やセルフフィードバック、エッセイを記すのはもうよいかもしれない。それをまとまったコンテンツにし、別のものをまた生んでいけば良いのではないか。

セルフフィードバックは、苦難やフラストレーションがある時でないと生み出せない。そうでなくなったなら、方向を変えるべきだろく。例えば弁舌など、そのようにして意見や思考をまとめる。フラストレーションが尽きたのは、それなりの成長があったこと。知識量が増えたのだから、今度はそれを活かせば良い。

 

自分の意欲を見つけ、それに時間などを多く費やしていく。そしてその事柄を極め、分かりやすく表現していく。お金と時間を使って自分の価値を高めること。

自分を知ることが好きなら、それによって何の問題が改善されたかまとめる。すると似たような人の役に立つかもしれない。

とりあえず意欲を掛け合わせ、何かを表現する。そうやって楽しんで発信し続け、質問などのフィードバックをコンテンツにする。意見をまとめるのは、やはりフックになるか。

必要なのは誰かを助けるようなコンテンツ。それがバックにないといけない。ただ、セルフフィードバックは尽きつつあるし、日記くらいしか湧くものがない。

 

人に何のアドバイスが出来るか。何かで人助けが出来ないか考える。今までで何か蓄積があるかもしれない。あるとすれば、その根底には意欲があるはず。そして簡単に出来ることでもある。詳しく簡単に出来、興味があって意欲もあること。

どんな人間にも性質(主に意欲なり)があるだろうから、好きなスタイルで表現してみれば良い。そうやってどこかの一大プラットフォームで評価されたら良い。

自分は言語に触れるのが好きだろうから、文筆か弁舌だろう。自分なりの意見や思考を表すこと。そこから何かのコンテンツを備える。

思考力があれば今ある問題を解決できる。そうすれば似た悩みを持つ人を助けられるか。そのためにまず自分を助ける。勉強と思考が肝要で、あとはそれを分かりやすくまとめる。

 

お金を使って自分の価値を高め、人助けをする。そのためには勉強が欠かせない。だから学ぶのが苦でないことを見つけること。

自分が手に入れたいものを生む。言葉ならそれを自分で生む。「何かを表現したい」と思ったら、それを生む。

 

単に自分はどんなことで感謝されたいか。それは知識と見解だろう。そしてそれによる意見。それで人を幸せに導く。そのために感情を読み、言語を用いる。

自分の好きなことならば、それに上達するのにゲーム感覚を持ち出せる。どうやってスキルを磨き、どうやって役立たせるか。満足感を通して成長し、自分の役割を見つける。そのためにはまず自分を発現すること。

まだ準備期間なのだとは思う。恥ずかしいのなら行動しなければ良い。その気がなくなる時は来るだろう。ちょうどその時にはインプットも高まっているはず。今は力を蓄積させたり、作法なりを学ぶ時だろう。まだ焦らないこと。

 

また明日。

 

参考文献: