欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

内臓刺激に対する過敏性 身体からの破損したシグナル

ここ直近は雨が降ったり晴れたりしている。今日は梅雨の中休みといったところか。風は少し冷たくて心地よく、爽やかな緑の匂いがする。これくらいがちょうど過ごしやすい。こういう気候が常であれば良い。

一昨日の計測では微減していた。今日は全体的に食欲が薄かったけれど、そこまで脂肪は落ちていない。昼食後に間食は摂れたものの、夕食では食欲がなかった。

やはりどうしてもそんな時がある。空腹時間が少し長いだろうから、余分に肥えることはないだろう。ここで無理をすることはないけれど、食欲の問題はどうしようもない。

 

夕べの計測ではまた微減。朝食と昼食はよく摂れたものの、昼食後の間食を摂りすぎたか。空腹を長引かせないようにしたのだけれど、それで胃の動きが止まってしまった。

無理をした意識はないけれど、それがたたってしまう不定愁訴。夕食も何口か抑えれば良かったか。こうなればスポーツドリンクで収めるしかない。まだ一膳を上回る余裕がない。

腸と脳からまた学びを引こう。「過敏な脳」という章でまた重要な認知があった。

たいていの人は、 ほぼすべての内臓刺激に気づいていないが、 顕著な例外がいくつかある。 その一つは、心臓の鼓動や腸内における食物の動きに容易に気づく人がいることだ。 彼らは、 胃腸を含め身体から送られてくるあらゆるシグナルに対して敏感である。(中略)

もう一つの例外は、消化管から脳に送られた感覚情報が、破損したシグナルとして脳に届く、不運な人々が一〇%ほどいることだ。(中略)

腸と脳 P63

前半は既に学んだことのある話に近い。センシティブパーソンは身体的な反応にも敏感であったはず。たしかアーロン博士の著作に記されているだろう。

そのセンシティブパーソンは鼓動や食物の動きにも気づくのだろうか。個人的にはそんな気もする。夜うつ伏せに寝ていると、地震が起きたかのように揺れを感じたりする。そして上腹部の不調の際は胃の輪郭を感じる。

そんな人たちは、身体から送られてくるあらゆるシグナルに敏感だそう。そして痛烈な情報として、消化管から送られる感覚情報が破損して伝わる人がいるよう。それは不運だと表現されていて、人口全体なのか十%程いるとのこと。

まさか自分もそこに当てはまるのか。そうだと原因が解れば割り切れそうなものの、不治のものであるとしたら絶望だ。

 

そこから引き合いに出された症例は、典型的なIBS症状を含む消化管の障害だ。自分はそう診断されてはいないものの、脳腸相関としては同じ核があるのだろう。

これまでに何度も胸部、消化管、心臓を徹底的に検査してきたにもかかわらず、 症状の原因がまったくわからないとのことだったが、消化管に何らかの機能的障害を抱えている可能性が高かった。彼の症状は、食道から結腸に至る消化管の各領域から送られてくる内臓刺激に対する過敏性に由来する、といったあたりが最も妥当な診断だと思われた。(中略)

消化管が備える感覚系の複雑さを考慮すると、普通の食べ物、あるいは不健康ながらたいていの人にはいかなる症状も引き起こさない食べ物や食品添加物に過剰に反応するなど、彼らの消化器系が混乱の影響を受けやすいことは特に驚きではない。彼らは、危険をいち早く察知できる、いわば炭鉱のカナリアなのだろうか。

P63~

引き合いにあるIBSを抱えている人は、長らく動物性脂肪や糖分の多い不健康なものを食べていたそう。その誘惑に負けた時に症状が悪化していた。

身体を含め、腸からのシグナルに敏感な人は、この世の美味しいものに反応してしまうことがあるよう。それが上述の破損したシグナルを送ってしまう人か。

自分も糖分と脂肪にはとにかく弱い。カフェインなどにはもちろん、酸っぱい果物ですら簡単に消化できない。それには辟易していたけれど、そういった原因が考えられるのか。

そしてここにも「坑道のカナリア」という表現が登場している。身体もそうだとすれば、我々は一体どんな人間だというのか。どんな運命でこんな事になってしまう?

 

その後の記述では、消化管が複雑な感覚器官であることが記されている。ただ、上述のような患者の直接の原因までは記されていない。それはもう原因などなく、体質としか言えないものなのか?それかストレスと情動にまつわる可能性がありそう。

一方、大きな脳は、全体的な健康に焦点を絞り、消化管から送られてくる種々の徴候を監視して、その情報を身体の他の部位から送られてくる様々なシグナルや、 環境に関する情報と統合する。腸管神経系で生じている事象も監視するが、怒ったときの胃や結腸の激しい収縮、気が滅入った時の消化活動の低下など、情動の影響も密接にチェックしている。 つまり、脳は自分の作った芝居が消化管という舞台で上演される様子を監視しているのだ。(中略) 大きな脳が直接関与するのは、本人が意図した場合か、脳の反応を必要とする重大な脅威にさらされたときに限られる。

P72

今のところの記述では、情動は脳から発生すると捉えられる。それは消化管がどのように反応するか確認しているよう。

ストレスが発生した時などは、脳が腸管神経系の自治を越える。そのときに脳の情動中枢は、消化管の個々の細胞に指示を送ったりはせず、日常の消化業務を一時中断させるよう指示するそう。*1

つまり闘争・逃走反応や、凍りつき反応を起こすため、自律神経系が生理的状態をコントロールしている。そしてそれを脳は確認しているということか。だとすれば、これもやはり社会交流をしないといけないか。それによって情動による反応を抑えること。

 

他にも示唆に富む記述として、セロトニンにまつわるものがある。それは学術的な研究でも取沙汰されていそうだ。

(中略)セロトニンは、内容物が消化管に沿って移動し、クロム親和性細胞と呼ばれる細胞に接触すると、微弱な機械的せん断力で分泌され、通常の状況下では規則正しく消化プロセスを推進する。消化管の内分泌細胞に含まれる他のホルモンと同様、分泌されたセロトニンは、腸管神経系と迷走神経の感覚神経終末を活性化する。 (中略)

その一方、腸の神経や脳に含まれる少量のセロトニンには、それとは別の大事な役目がある。セロトニンを含む腸内の神経は蠕動反射の調節に関与し、脳内の一群の神経細胞は、さまざまな脳領域にシグナルを送って、食欲、痛覚感受性、気分など、生存に必須の一連の機能に影響を及ぼす。

腸では、脳の感情をコントロールする中枢にじかに結合する迷走神経の経路の近くに、膨大な量のセロトニンが蓄えられている蓄えられている点に鑑みると、内容物がセロトニンを含む細胞に接触する際に、 あるいは腸内微生物が生成する代謝物質に反応して、低レベルのセロトニン関連シグナルが脳の感情中枢に恒常的に送られていることが十分に考えられる。 低レベルのセロトニンの分泌は、たとえそれによって高度化されたシグナルが意識にはのぼらなかったとしても、意識の背景をなす情動や感情に影響を及ぼし、私たちの気分にポジティブな「色合い」を与えている可能性がある。(中略)

P77~

「通常の状況下では規則正しく消化プロセスを推進する」とある。そして「それが迷走神経の感覚神経終末を活性化する」ともだ。社会交流によってセロトニンが出るのだろうか。だとすれば、それがその迷走神経を活性化し、規則正しい消化プロセスが推進されるはず。蠕動反射は調節され、生存に必須の機能に影響を与える。

そして低レベルのセロトニンが感情中枢に送られている可能性があるそう。ただ、そう考えると複雑になる。そのセロトニンはどこからやってくるのだろう。人間との社会交流か、自然か、腸内微生物か?それが情動に及ぼすのなら、何が始まりの切っ掛けになるかよく解らなくなる。

情動はストレスが生むのか、はたまた腸内の微生物郡なのか。それは読み進めないといけない。思ったよりもかなり重要な認知があった。

 

また明日。

 

参考文献:

*1:腸と脳 P49より