欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

腸内微生物と神経系 消化管と脳のコミュニケーション

今日も梅雨の中休みといったところで、辺りは白い雲に包まれている。午後の今になって少し明るくなったか。この過ごしやすい月も終わりに近づいている。夏の風情も好きだけれど、自分が元気でないと悲しさがある。生の躍動を感じる時は、同じく自分もそうありたい。

一昨日は夕食を食べすぎたものの、その後のスポーツドリンクで収められた。その判断が出来ていたのは、過去の事例と内部感覚を参照できたから。たまたまそれを理知的に捉えられた。

食前と食後の感じをしっかり受け止めること。食欲と満腹の程度。それを踏まえて食べる量などを調整する。それが出来れば摂取が落ち込むことはないか。

 

夕べの計測ではほぼ変わりなかった。夕食では食欲があり、腹もそれなりに膨らんだ。こういう日が続いてくれたら良い。そうなれば肥えるのだろう。

昼食で満腹になり、それで間食は摂れなかったものの、スポーツドリンクを飲むと収まった。食欲は満腹に関係したりしなかったりして、なかなか読みずらい。でも、多少の満腹が影響しなくなるなら良い。

また『腸と脳』から学びを引こう。ある症例として、執拗な便秘を患う患者が記されていた。その問題は便秘にとどまらず、他にも全身の慢性疼痛、疲労、偏頭痛などの症状が現れている。そして常に抑うつ状態でもあり、本人の話によれば、便秘は母親から定期的に浣腸をされた子供の頃にさかのぼるそう。

子供のころにダリアが受けていた浣腸は、幼少期における腸内微生物の正常な構成の発達を妨げ、腸内微生物と神経系のコミュケーションの様態を長期にわたって変えていたことが大いに考えられる。 腸内微生物のいかなる変化が、それらの症状を引き起こすのかについては現在のところ正確にはわかっていないが、彼女の症例は、健康なマイクロバイオームの発達の阻害が、消化管と脳のコミュケーションの生涯にわたる障害とともに、精神症状を発現するリスクをもたらす可能性を示唆する。私は、このような脳腸相関における初期のプログラミングエラーを逆転する治療法が、将来必ずや考案れると確信している。

腸と脳 P88

子供の頃に腸内微生物の構成の発達が妨げられ、それによって神経系とのコミュニケーションの様態も変えられてしまう。それが消化管との脳のコミュニケーションすら妨げ、精神症状の発現のリスクにもなる。

こういった情報は、にわかには信じられない面もある。ただ、それは読み進めるととても興味深くなった。微生物には言語があり、それが身体に大きな影響を及ぼしている。

 

情動によって引き起こされる内臓反応は、ねじれや痙攣に限らず、無数の内臓刺激を引き起こす。内臓刺激は脳に送り返され、そこでそれをもとに内臓感覚が生じたり調節されたりし、また、その経験が情動的な記憶として蓄えられる。さらには、世界中の科学者が驚いたことに、内臓反応と内臓刺激の相互作用の統合に腸内微生物が大事な役割を果たしていることが、最近になってわかってきた

P96

情動が内臓反応を起こし、それが脳に送り返され、また無数の内臓刺激を引き起こす。そしてそれらの相互作用を統合する存在として、腸内微生物が関わっているそう。

これもとても興味深い。機能性ディスペプシアはストレスが原因にあるだろうから、情動による内臓反応が影響しているはず。そしてそれが内臓刺激を生み、脳に送り返される。この辺りの接続の不良が禍根にありそう。

たまたま内臓刺激に弱い人が存在するのか、後天的な生活習慣によって障害が発生しているのか。その辺りを解明していきたい。自分は昔はただの少食だった。脂肪も糖分も酸も受け付けられた。だとすれば、後者の原因が考えられるだろう。

 

それには勉強を重ねないといけない。病を治すための期間でもあるし、人間の価値を高める期間でもあるはず。そうやって何かを乗り越えれば強みになる。それを解りやすく伝えていけば良い。

いつかそうやって自活が出来れば、人と付き合うための土台になるはず。健康になれないのならば、まずは自活をしていこう。そうやって自立をして、そこから誰かと対等に付き合えば良い。話はそこからか。

読書での学びを落とすのは少し難しい。長く引用したくなるし、要約するのも大変だ。まとまった主の思考がない時もある。それを一つのフローとして更新したいところ。ただ、ブログにはまとめている。でも、文章でそうするのは大変。

そろそろSNSでフックを公開したい。でも、自己とその表現の核を煮詰めたい。仮に半端に認知が得られたら、発現した自己とイメージにずれが生じそう。

もっとウェブ上の人格と情報を固め、そこからフックを展開したい。そのために格納しているものを整理し、そこから市場の反応を見ていく。そしてコンテンツの質を工夫すれば良い。

 

最近はそれなりに意欲が湧いてきたか。状態は日が経てばすぐに入れ替わる。月が変われば尚更だろう。変わらずフラストレーションにまつわる表現はないものの、新しい問題についての思考はある。

それは表現できるため、それを展開すれば良いか。局面が変わることはある。何が価値をもつか分からないし、とにかく表現できるものは表現しておこう。その時の悩み苦しみはその時だけのもの。 

 

自分を理解してほしいなら、こまめに仔細を残しておく。そのログは大切。後は何がスコアを伸ばすか試し、工夫していく。そのために必要な勉強・鍛練があるなら、そうやって成長する。

それらを通して人助けが出来たら良い。現実でそうするのは無理だろうから、ウェブ上に何かを発現し、評価があったものを伸ばしていけば良い。有益さを生もうとするのではなく、表現できるものを表現する。

コンテンツにすらしなくて良い。それは価値が生まれた後にすれば良い。まずはそうやって出来ることを見つけること。そこから学んで得意を作り、継続して磨きをかけていく。

それが何年単位で継続されたら、自ずと何かの専門家になるはず。技能と見識は高まっているだろう。話は二年以降、本格化は三年以降だ。あとはもっと真の知識を身に付け、思考と言語化の癖を固めれば良い。それで発信の基盤は整うはず。

 

また明日。

 

参考文献: