欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

脳の適応と過剰な反応 ストレスに起因するケア

一昨日の計測では微減していた。三食を通じてよく食べられたけれど、夕食後の腹が膨らまなかった。それは空腹で迎えたにも関わらずだ。そんな時があるとどうしようもない。

でも、ふと「腹に溜まった感じがしたら箸を止めよう」と思い付き、それを実行できた。摂取量は何口か減ったものの、食後の腹は楽だった。これで良いのだと思う。

よく食べられた日ではあったけれど、食間の空腹時間が長過ぎたか。でも、かといって何かを摂れる程ではない。そうなると肥える感じはしなくなる。それが厄介なところ。

それでも調子は維持されているだろうから、これから摂取量は上向いてくるか。だとすれば良いのだけれど、そうはいかないのがこの身体。

 

昨日の計測でも微減していた。今日も三食よく摂れたはずだけれど、夕食後の腹があまり膨らまなかった。ここ数日はそんなところで推移している。

次の通院までどうなるだろう。まだ胃の持久力はついていないか。満腹を抑えればかえって胃が弱くなるジレンマ。多少の満腹はすぐに収まってほしい。そうならないと摂取が落ち込む。それは不定愁訴に揺さぶられるのか、摂取の仕方で変わるものか?あるいはただの時の運?

引き続き『腸と脳』から学びを引こう。「不健康な記憶」という章には、幼少期のトラウマについて言及されている。

私がミラーの著者を読んだのは医療の研鑽を積んでいた一九八〇年代前半だったが、そこに書かれていた幼少期の体験と成人後の健康の結びつきが、抑うつ、不安、薬物常用などの心や行動に関する障害の発生のみならず、患者が抱える、とりわけ慢性胃腸疾患などの健康問題にも当てはまることを理解したのは、それからニ〇年以上あとのことだった。

腸と脳 P112

著者の最近の診察では、患者の十八歳までの病歴を辿るのが重要な部分を占めるそう。そこでは「子どものころは幸せでしたか?」という単純な質問をする。

患者は一般に、幼少期の辛い経験と現在の疾病の間に関係があるとは考えていない。その幼少期の経験は、腸と腸内微生物と脳の関係を不健康な方向にプログラミングする。*1

 

かつて一連の動物実験により、動物が人間と同様、ストレスから心理的な影響を受けることを精神科学の研究者たちは知った。*2

モリー大学の神経科学者ポール・プロツキーとマイケル・ミーニーが行った動物実験でも、養育に長けたラットの母親の子と、ずぼらな母親の子の特徴が調査されている。(中略) 健全に育てられた子どもは、ラットのストレスホルモンである(人間のコルチゾールに相当する)コルチコステロンのレベルが低かった。また、身体のストレス反応が制御不能に陥らないよう抑制するホルモンの変化が、血中との脳内に見られた。さらに、母親がなめたり寄り添ったりした子どもは、成長ホルモンを含め、脳の発達に不可欠ないくつかのホルモンを分泌することが分かった。

(中略) ストレスに起因する母親の行動の変化を通じて、子どもの脳がストレスに敏感に反応する方向にプログラミングされ、成獣になってから、より不安を抱えやすくなることを発見してきた。

P119~

ストレスに起因する養育者の行動の変化を通じ、子どもの脳がストレスに敏感に反応するようになる。それは脳の適応反応であるけれど、現代ではそれが過度なストレス反応となる。重要な発表や面接の前のあの症状のように、常にその主のストレス症状に悩まされてしまう。IBSの一連の症状は全て、主に腸の過敏性や過剰な反応に起因するそう。*3

現在では、このようなフロイト流の概念の多くは誤りだと判明している。最新の科学は、ぞんざいな養育を含む幼少期の逆境体験から、ストレスに対して過剰に反応するよう脳が配線される場合があり、また、このプログラミングが世代間で受け渡されることによって、種々の脳障害に対する脆弱性が永続しうるという見方を、強く支持する。

P127

ストレスに対して過剰に反応する脳の配線。これはトラウマによる警報装置の誤報が続くことだろう。過去の脅威が今も存在すると錯覚すること。これはトラウマ科学を学んだ時に知ったものと同じ記述。他にも脳科学や神経生理学の認知も散りばめられていて、本質の科学は全てが繋がっている。

 

自分も親のケアの仕方でストレスに反応しやすくなっているのか?かつて親に助けを求めた時、親は不動を善として突き放し、自分は戦うことも逃げることも叶わなかった。そしてそれはコンプレックスと変容した。

ただ、それにまつわるものなら、理知的な意識によって制御できているはず。

問題は、哺乳類なら誰もが感じるはずのストレスについて。あるいは好調コンプレックスだろう。孤独ストレスによって恐れや悲しみの情動が生まれ、それに内臓が反応している。親愛なる誰かと過ごしたく、そんな豊かな日々を求めている。

内的に費やすことに甘んじていても、それはどうしても看過できないのだろう。その原因に二十歳までのトラウマ経験が関わっているのか?たとえ理知の上では許容している生活でも、ストレスとして耐えざるものになっているのか?

 

親愛なる人や能力の活用がないのが今。所属と愛の欠乏によって生存確率が下がり、自尊心の欠乏が自己実現を阻んでいる。それによって胃の収縮は滞り、夜間は顎の力が抜けない。

それは単純にストレスを解決すれば良いのか?理知の力でストレス反応の誤報を収め、社会交流によって安全の器を得る。そして腸内微生物に良いものを摂り、代謝を通常に戻す。

それがやるべきことだろう。トラウマの認知によって理知を取り戻し、社会交流によって自律神経系を整え、健康な食生活を維持する。これがトラウマサバイバーの治療だと思う。

セルフフィードバックの勉強は、一日に小一時間ほど費やすのみ。それでも一ヶ月かければ読破できるし、今は他の好きな読書をしている。勉強は朝の三十分ほど。一日に数時間を仕事に費やし、後は遊びと家庭の時間にするのが良いと思う。

これを何年間か続ければ知識の総体は形になる。そう信じているし、いつか抱えている問題も解決できるはず。そして表現の技能も継続がもたらすもの。あと数年で形になるだろうから、日々こつこつ続けていこう。

 

また明日。

 

参考文献:

*1:腸と脳 112Pより

*2:腸と脳 P118より

*3:腸と脳 P122より