欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

近況。咀嚼と交感神経 消化管の運動とセロトニン 思考メモ

ここ一週間の間、文章を記さなかった。表現の意欲が湧かなくなり、伝えたいことがなくなった。義務的に記したストックを更新したものの、更新を目的にしたら意味がない。未だに表現のスタイルが定まらない。

コンテンツはメディアに乗るもので、メディアとは媒体。つまり情報を伝えるということ。その意欲がコンテンツクリエイターには欠かせない。それがなくなったとすれば、どうしようもないと思った。

 

体調はどうにも微妙。全て胃の不定愁訴、胃袋の収縮と食欲なのだけれど、かなり波がある。これは暑さで散歩に出られないからか。いや、暑さを避けて外に出ることは出来る。日光を浴びていないからなのか、体調が落ち込んだからなのか。どちらが先なのか分からない。日光浴なら出来そうだけれど。

体重は大台から少し余りがある程度。明らかに胃の状態が悪い訳ではなく、最低限なら食べられる。無理が祟ったとしても、それをずるずると引きずることはない。ただ、無理を抑えていると胃に力がつかない。かといって、食欲がないなら無理は禁物。食欲に波があるのは何故か。無理のせい?活動量?

 

特に朝食で食欲がないのが痛い。前日の夕食に無理はないはずでも、かなりむかつきがあったりする。そして目覚めも悪い。これも日光を浴びていないせいか。朝食に食べるものを変え、規定の量も少なくしたものの、それをすぐ消化できなかったりする。そして散歩に出られず、昼食では腹があまり空かない。

とにかく全体的に摂取量が減っている。食欲の薄さと早期膨満。それに無理が加わると険しい。快い満腹がかなり遠い。これは時期的なもの?ストレスホルモンは長く作用するのか?調子が良い時は胃の持久力がそれなりに続く。食欲不振や早期膨満はあれど、一定の胃の力が落ちることはない。

「食欲に応じてゆっくり食べる」これが良く効くもののはず。そうやって胃の状態を整え、少しずつ多く摂っていく。たしかどこかで「力強く噛むと交感神経が優位になる」と学んだ気がする。早食いもあるかもしれない。朝の目覚めには散歩の有無も関わるはずで、いくらかは日光浴した方が良さそう。

 

明けてまた記している。昨日はその後の調子が良く、夕方の胃は楽だった。それで食欲もそれなりにあり、夕食では早期膨満が薄かった。強く噛んで早食いしないようにはしていて、その効果なのか、いつもより多く食べられる。それで計測では増えていた。少し油ものを摂ってしまったけれど、今朝に影響は出なかった。

間食で摂るものを変えたから良かったか。チョコが含まれるアイスを摂っていたけれど、バニラだけのアイスにしてみた。それにも脂肪分はあるだろうけれど、食後の収まりが良かった。チョコの消化への影響は、調べたら出てくるもののはず。それでも、ふと工夫をしてみたら良い影響があったか。

 

ようやく胃がフラットに戻った感じがする。これも一時的かもしれないけれど、少しは何かを掴みたい。まだ苦しみが続くのは、弱みを克服しきれていないということか。それを克服すれば強みになる。まだ勉強と行動が必要だけれど、それは似た人間を助けるための準備期間か。

何か生まれた意味を見いだすとすれば、過去の経験と弱みを克服すれば良い。そうやって人助けをすることだろう。そうすると生まれた意味までさかのぼって回収できる。それらの強みによって人助けが出来れば、それが人生の意味になる。そう考えれば、ただ天から使命を与えられても仕方ないか。それは自分の力で手に入れないといけない。でなければ実力も何も伴わない。

『腸と脳』の再読が終わり、新しく『NATURE FIX』という書籍を読んでいる。それはあるブログで認知したもの。副題に「自然が最高の脳をつくる」とある。最近は散歩の有無の影響や、セロトニンと腸の繋がりを考えていたりした。そのなかでちょうど良い巡りがある。

ただ、気付きをまとめるのには難儀する。意欲的に学んでいるはずだけれど、感想、気付き、学びなどの独自の言葉が出てこない。「気になる情報」といったところで、メモ程度にまとめるエネルギーすらない。それは意識的に頑張れば良いのか否か。ブログとは何だろう。

 

『腸と脳』の気付きの中で、セロトニンにまつわるものを考えていた。それが蠕動にまつわると記されていた部分はまとめている。そこから考えていると、ふと服薬している薬の薬理薬効を思い出した。

ドグマチールはもともと胃薬だったけれど、後に精神にも効くと判明したよう。その薬理として、セロトニンが関わっているのではないか。『腸と脳』の索引を見ると、セロトニンの項は十個以上ある。そしてガスモチン(モサプリド)にもセロトニンにまつわる記述があった。これはかなり気になるところ。副交感神経ともまつわりそうで、学びの全てが繋がりそう。

それもまとめたいけれど、なかなか大変そう。どうにも完璧主義が邪魔してしまう。どのようにメディアを運営するかも気になっていて、適当に量をこなせない。謎解きをするエネルギーも何故だかない。頭を使うのは自活のみにしたいのか。きっとそうなっている。それはいつか解消されるだろうから、その時までじっとしていよう。

最近の考えていることも記しておこう。好きなことで生きていくにも、コンテンツを作ってメディア運営するのなら、「好きなことを分かりやすくプレゼンする」という作業が求められる。そうなると「好きなことを伝えたい!」という意欲がないときつい。好きに表現欲はまつわるのか。

コンテンツビジネスとは、情報をプレゼンテーションする仕事か。コンテンツはWebメディアに乗せる訳で、メディアとは情報を伝えるもの。悩みを解決する情報を伝えるか、ゲームなどの面白さを魅せるか、アートで魂を表現するか、それとも人格の魅力を伝えるのか。

価値か魅力。誰でも身に付けられるのは情報。学べば学びは落とせる。何かを真に意欲的に学んでいると、その学びをまとめたくなる。SNSではそれを公開すれば良いか。ブログはその応用。自分のストレスを把握し、勉強・行動してその問題を解決する。それを分かりやすくまとめる。

 

コンプレックスがあると、何かのストレスや問題が発生する。だけれども、それを自分の力で解決すれば強みになり、発信の種にもなる。そのために勉強と行動が必要。それを分かりやすく表現できれば、悩みを持って検索してきた人の役に立つ。個人がWeb上に残すべきものはそれか。SNSもそうだろう。

自分の悩みを克服し、強みにする。それを得意な表現方法で表し、誰かの悩みを解決してあげる。加えてパーソナルな内面情報も表し、コアな友達(ファン・ソウルメイト)と繋がり、認知を拡大する。そしてお金のある人に商品を買ってもらう。経験を語って共感させ、知識で問題を解決させる。そこから物を買ってもらう。

 

どんなことなら真に意欲的に取り組めるか、あるいは学べるか。それを見つけた方が良い。それで継続とかの話は立ち消えになる。既に詳しい知見があるものは、頑張って継続しているものではない。それを表現したくなったら有利だ。

何かを継続できている人は、継続するのに努力していない。何故ならそれに向いているから。続かないものは向いていないものだから、努力しても仕方ない。

インプットを継続するのは難しい。だけれども、既にインプットがあるかもしれない。自分はどんなことに詳しいか。ゲームの情報に詳しいなら、ゲームは当たり前のように継続しているはず。それを誰かに伝えたくあるなら勝利。意欲のままに表現を磨けば良い。

好きなことや詳しいことを通して人助けをする。得意がないなら学んで創る。そして表現を工夫するのみ。それだけのこと。中身がないと始まらないけれど、何事も分かりやすく表現できれば最高。コンテンツビジネスとはWebメディアのビジネス。メディアとは何かを伝えるもの。

 

自分が持つインプットか魅力をプレゼンすれば良い。経験や知識などの情報か、人格、娯楽、芸術などの情報か。そらいずれかを分かりやすく伝える。自分の内面情報、学び・感じたことを記録しておくのは重要。それに誰かが価値を感じてくれるかもしれない。

コンテンツはメディアに乗せないといけない。そのメディアとは媒体。要は何かを伝えるもの。何を伝えるかが肝であり、価値や魅力をプレゼンする能力が必要。あるいは中身を築く・磨くこと。

 

思い付くのは人格と情報か。学びを落とし、経験や思考に絡めてまとめる。人に与えられるものはそれくらいか。自分が集めた有形・無形のものはそれだから、それをまた誰かに流す。それが人助けになれば良い。発言を聴いてもらい、信頼を集める。

自分の強みを表現する。強みとは、自分が努力して解決した問題や、日頃からお金を費やしていること。それを得意な表現方法で表す。経験や学びを分かりやすくまとめれば、同じ悩みをいま抱えている人の役に立つ。個人が書ける部分はそれか。

まだメモは残っているけれど、このくらいにしておこう。自分は読書なら簡単に出来る。それは知識を取得するもの。ただ、それを何かの形で表現するのは難しい。これは訓練によって変わるのか否か。

 

ある音声配信を聴いていると、「気付きや感じたことを残しておいている。それが資産になっている」という内容があった。「有益な思考のパッケージをストックするのではなく、断片の思考をまとめるのでも良いのか」と思った。それはフロー寄りのストックメディアか。

今まではエッセイ、フィードバック、コラムなどを混ぜ込み、それを完結したまとまりにしようとしていたものの、そのスタイルのせいで苦痛を感じたのだろう。意見を言う著述家の方なら、そのように学びを落としておく程度で良いか。ただ、学びと行動で誰かの問題を解決しようとするなら、またスタイルを変えるべきか。それはこのメディアで更新しても良いのか?

個人の内面情報と学び・気付きを残し、自己紹介をする。そのなかで誰かのために情報をまとめたり、行動することで代わりに悩みを解決する。その総合メディアを運営するのが良いか。

ただ、これもまた再構築が必要。零から積み上げていくのか、少しずつ改変していくか。カテゴリー分けが面倒だけれど、コンテンツの見つけ方や表現のこつを掴めば、どんどん情報の種が見つかりそう。わくわくして運営できれば、かなり良い成果が得られそう。

 

これからは学びや気付きのメモを記す程度でいたい。ただ、そのためには言語化と表現の習慣がないといけない。それは訓練で何とかなるものか。これまた意欲がなければ意味がなさそう。

日々の学びと思考を逐一記していく。過去に記事からも着想を得たりし、コンテンツを充実させていく。後はそれを継続し、市場からのフィードバックを得る。そこから何かが生まれたら良い。

 

また明日。

 

参考先リンク

https://mina-fam.clinic/blog/archives/239/

モサプリド - Wikipedia

スルピリド - Wikipedia

 

参考文献