欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

樹木と土の香り 摂取の大原則

7月21日 (木)

今日は朝の胃がほとんど動いておらず、いつもの規定の量を摂れなかった。かつその規定量が多くなり、何口か頑張って収めてしまう(バナナの一本が少し大きかっだけ)。それで直後から腹が重い。基本エクササイズをすると不快感は取れたものの、昼食はまた規定量を摂れない。

その後は間食を摂れ、夕方には空腹になったものの、夕食では早期膨満がする。強く咀嚼したのか思い出すのも煩わしい。計測では減少していて、入浴中に脂肪が落ちているのが分かった。先月よりも少し痩せている。今日は散歩に出たいような感じがしたものの、消費が嫌でためらった。

何なんだろうか、この人生は。通院が迫っていて、今月はそこまで重圧を感じていないのに、食欲が安定しない。いくら精緻にドクターへ共有したとしても、服薬の布陣が変わることはない。脳腸障害は治らず、祖母宅にも引っ越せず、自然に触れられない。年金も貰えないし、好きに移動できない。

7月22日(金)

今朝は久し振りに散歩へ行ってきた。昨日に引き続き、今朝も身体にそれなりの力があった。図書館まで行って一周するのではなく、近くの川まで歩く。

鬱蒼とした林と川があるのは多きな利点か。NATURE FIXを読んでそう思った。都会なら店は近くにあっても、木々や土は遠いはず。だから恩恵がない訳ではない。田舎で良かった部分はある。

 

『NATURE FIX』からの学びを引用しよう。

この背景にはなにがあるのだろう?鍵を握るのは樹木に違いないと、李は推測した。とくに NK細胞が「芳香性揮発物質」、すなわち樹木が発散するいい香りで活性化するのではないかと考えた。

NATURE FIX P46

匂いが気分に影響するのは、個人的にも体感できるようなもの。それには木の匂いが関わっているか。祖母宅は林の手前にあるものの、少し離れた生家は木が遠い。土の匂いはあるけれど、木の匂いは感じられない。コンクリートの匂いがほとんどを占めるはず。祖母宅の近くのそれとは違う。

このブログのカテゴリーには「自然・叙景」があり、その美しさは生きる上での大きな喜びだ。それは情緒的な作用だけでなく、身体的にも効果があるよう。移動の不自由ささえなければ、この町で良かった部分はあるかもしれない。都会の利点は、生活インフラの有無と移動の便利さ。それはこの町でも克服できないものか?

 

他にも土の匂いについて記されている。

ニ○○ニ年以降、複数の研究により、土壌には放線菌のように人間の健康に貢献する成分が含まれていることがわかってきた。そうした土のにおいを、人間の鼻は一○○○億分の一の濃度でも嗅ぎとることができる。

P46

また、イギリスとアメリカの個別の実験では、どこにでも生息する土壌細菌マイコバクテリウム・バッカエに運良く触れたマウスは、迷路で道に迷いにくく、あまり不安を覚えず、神経伝達物質セロトニンを多く産出することが分かったそう*1

ここでもセロトニンが登場した。それは日光でのみ産出される訳ではないのか。それについても調べてみよう。土も木も身近にはあり、都会に住んでいれば遠いものだったろう。祖母宅には庭があるし、外で突っ立っているだけでも効果がありそう。田舎の中でも恵まれている方。

また、ヒノキのエッセンシャルオイルを嗅ぐだけでも効果があるそう*2。それは試してみたい。屋内でもその効果が得られるのなら吉報。通販で簡単に手に入るのではないか。

 

計測では今日も変わらず。大台を維持するのに余裕がない。昼食で満腹になったのがいけなかった。その後に間食も摂ってしまう始末の悪さ。

それは食欲を感じ取れなかったのが悪いのか、食欲が湧かなかったのを憎むべきか。夕食ではぎりぎり規定量を摂れたものの、腹は膨らんでいない。

体力は落ちていないものの、もっと余裕がほしい。あと二キログラムは必要。それが最低限の水準になる。ただ、不定愁訴が和らがないと到達しないだろう。それが叶うなかで基礎的な摂取をしつつ、胃を膨らませていく。

今の状態だとそれは難しい。以前ならある程度は胃に持久力があり、摂取量を維持できた。今は食欲不振と早期膨満の頻度が高く、その影響が次の摂取に表れる。ある程度の水準に達すれば、多少のきつさはそこまで問題にならない。そこにまず達したい。

7月23日(土)

明け方に目覚めた時、おぼろ気に腰回りを触っていた気がした。暗中でも張り詰めていたのか。トイレに行って寝床に戻ると、ふと胸の辺りに何も感じなかった。意識してみると、心臓の拍動が弱い。そこで指で手首の脈を計ってみると、それはきちんと感じたもの、生の感触がして不気味だった。残存するエネルギーを使いきるような感じがしたか。生命が存在するだけ奇跡的な均衡があるのだろう。いつそれが崩れるかは分からない。気付かないだけで、これまで何度も死神はそばにいたはず。

とにかく一膳を安定して摂りたい。それは美味しくだ。ここ直近はそれがない。昨日に散歩へ出た時、以前もあるブログを読んで川縁に出たのを思い出した。一時の苦しみはすぐに忘れ去られる。月が変わるだけでもそうで、年が変わればもっとだ。去年を思い出すと、苦しみは解決に至っていないものの、幾ばくかは和らいでいる。では、来年はどうなっている?命はどうなる?未来から逆算なんてしても良い?目の前にしか生は存在しない?だからそれに注力すれば良い?生き物なんてただの動物?嗚呼。

 

今日は昼と夕をよく摂れたものの、計測ではわずか百グラムの増だった。多少の脂肪がついた所見だったものの、手応えと呼応していない。ただ、胃はフラットに戻っただろうから、ここから冷静に調子を戻したい。食欲を感じ取り、腹に溜まったら箸を置く。余裕を感じたら少し余分に摂る。

7月24日(日)

朝食の規定量は、小さめのバナナ一本とミニヨーグルト。間食で摂るような小さいバナナは収められるものの、小さめくらいだと全て食べられない。

朝は胃が膨らまないものの、最近は胃の膨満が皆無と言っても良い。『腸と脳』を読む以前のパン食に戻そうか。その方だともっと摂取できていた。嗚呼。

体重・体力がなくて苦しんでいるけれど、逆にそれが満ちたら働かないといけない。そうなれば幸せになれるかもしれないけれど、その現実もある。

どんな仕事をしたいか全く願望がない。働けないのなら、その証明がなされるだけ良いか。今の生活も嫌だけれど、体重が増えた後にしたいことは特にない。

 

今日も川縁へ散歩へ行く。滞在時間は十五分ほど。改めて都会にない利点があるか。町の中心部でさえ味わえないと思う。

祖母宅も絶好の緑や川があるものの、祖母の目があって好きに出られない。縁側もあり、その先は林と庭の土があるというのに。そこでキャンピングチェアなりに座っていたい。

 

今日の昼食では、それなりの食欲と胃の膨らみがあった。午前の涼しい時に散歩へ出たからか?ただ、腹に溜まったのを感じた時、そこで一口を頑張ってしまった。また規定量だ。それでいて、状態の良さによってきつくなっていない。間食は控えたものの、夕方までに空腹になりそうだ。

食欲と早期膨満の程度で摂取の限度が変動する。これはあまり気付いていなかったか。やはり、状態が悪い時に無理をしないこと。

食欲があれば胃を膨らませても良い。これを見極められたら、摂取の加減で胃は膨らんでいくはず。すると問題は食欲だ。それが安定してくれたら良いが、そこが一番の問題だ。

 

絵に描いた普通の幸せな人生はあるのか?貶める意図はなく、誰もがどこかからいびつになるのなら安心できる。仕事、恋愛、健康、家庭、このどれかが普通から逸脱し、それぞれの人生を突きつけられる。それは人生の意味をもたらすのか、誰も慰めてはくれないのか。

嗚呼、また歳を取ってしまう。年相応の体験はしておくべきだと思う。いや、それがいびつな独自の人生か。青春なんてない。ないから皆が渇望しているのではないか。するとそれが相応しい現実のように見えてくる。とにかく青春賛頌は何とかならないものか。

自然が慰めてくれる?大人になってから親愛なる人と出会えたら良い?いや、自立自活の出来ない病人には得られないか。それを努力して得ないと空虚だ。まずは存続を保つための努力。

 

通院を明日に控え、計測ではここ最近で最も良い数字だった。脂肪も確かについていて、夕食では一膳を食べても余裕があった。理知的に摂ることが出来れば、着実に調子は整うか。

昼食では満腹になったものの、我慢して間食を摂らなかった。その結果として、最終的には良い調子を維持している。

 

個人的な摂取の大原則。

・刺激物(脂肪分、塩分、苦味、酸味、カフェイン)を摂らない。

・食欲に応じて摂取量を想定・規定しておく。

・腹に溜まったらもう一口をこらえる

・強く咀嚼しない。

これで調子を整え、早期膨満がなければ腹九部を収められる。そして胃が膨らんでいく。持久力がつく。

7月25日(月)

通院は無事に終了する。滞りなく病院に到着し、それなりの時間を待って、五分程の診察が終わる。そこから店と薬局に寄って帰る。

診察は九時台にしてほしいけれど、患者が増えて叶わなくなったのだろう。ゆっくり起床すれば良いのだけれど、今朝は珍しく早く起きた。寝る前のストレッチが効いたのか?

寝る前の肩と顎の力が抜けない。胃の不定愁訴も影響するのか、身体が本当にリラックスしていないのだろう。ただ、睡眠の質はそこまで悪くない。恥ずかしい話、指先で布団のファスナーをいじくってしまう。それに力を加えるのが好きで、それはかなりぼろぼろだ。そうやって悶々としている毎晩。

夕べは適当に見たことのあるようなストレッチをした。それだけでも効果があったのか、起床後の歯の違和感はなかった。動画で学ぶのも良いけれど、とりあえず関節を回して筋肉を伸ばしてみてそれだ。十分な効果があるのではないか。

 

昼食では失策した。朝食は快く収められたものの、診察が終わってから腹が空かなかった。そして食前の漢方を飲んでも変わらず。

食欲を見極められず、規定の量を定めてしまった。そして早食いの気もある。間食は控えたものの、夕食が思いやられる。

仮に腹が空いても、満腹になってしまうときつい。腹九部は満腹ではない。嗚呼、外食も何も出来ず、美味しいものも頂けない。このままいつまでも変わらないのか。

 

自活と健康。今はそれしか苦しんでいない。悩みではないと言いたいところ。悩むというのは、行動したい気持ちがあるのに、不確定さの負の部分に阻まれる事。やるべきことは選択していると考えたい。

そういえば、誰かと親しくなりたい意欲は薄いか。まずはとにかく自活をしたく、その次に移動を叶え、そこから健康がある。でなければ到達しない。いや、まず現実で誰かと縁を戻すのは難しいし、とにかく自活と移動、自立して生きていく力を身に付けないといけない。そのための最低限の体力はある。だからまずはそれだ。

 

参考文献

*1:NATURAL FIX P46より

*2:NATURAL FIX P47より