欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

8月10日~12日 あばらの不快感 命の均衡

8月10日(水)

今朝の胃は悪くなさそうに思えたものの、食前の漢方を飲むと胃酸が上がった。そして何だか吐気もあり、食事を受け付ける態勢にない感じがする。それは拭えなければ確かなものだ。

それが分かって朝食を抑えようとしたものの、小さ目のバナナ一本すら収められない。便も出ず、足の筋肉が震えるような感じがする。身体も何だか気持ち悪く、とても嫌な感じがした。これが肉体の分解による消耗か。嗚呼。

振り返って思うのは、ここで冷静に受け止められたら良いということ。ヤクルトとヨーグルトで収めれば良かった。そういう時はあり、そういう時こそ理知を働かせないといけない。何故ならそこで抑えるだけですぐ楽になるから。でも、体重の意識があってどうしても気を抜けない。抜くことなんて許されないと思ってしまう。

バナナをぎりぎりまで収め、その後の胃は残溜感が強い。そこから楽になったものの、そこでヤクルトを奮発してしまう。それでまたストップが起こる。今度は昼食でよく食べられず、またぎりぎりまで収めて間食を摂れない。

 

計測では昨日とほぼ変わらなかった。夕食は快適に収められたものの、身体はかなりきつかった。入浴前に小便をしただけで、その後は身体から何か溶け落ちたようだった。しゃがんで顔を洗っているとよろめき、温かいお湯を浴びると胸が苦しくなりそうになる。そしてここ直近で最も肉が削げている。

摂取量を客観的に見れば当然だろう。小振りバナナ一本未満、ミニヨーグルト、一膳未満、おかず一品、味噌汁半杯。夕食ではまともに一膳を摂れたものの、それまでの負債を返しきれない。

 

食欲が出ないのは何故か。散歩に出ていないのも拍車を掛けているはず。でも、他に要素はないだろう。生活習慣にほぼ変わりはない。特にストレスも大きくない。あるのはとにかく体重の意識だけ。

それが諸悪の根元か。それさえなければコンプレックスが湧かない?食前の漢方も影響しない?一人前を収められる?バナナを変えるべき?ここまで思い詰めているのがいけない?月が変わればすぐに良くなる?

 

満腹になれず、読書も辛く、雨で歩きに出られない。何も出来ていない。珍しくそんな日を過ごしてしまった。何なんだこの生活は。健康、自活、幸せ、もう頭の回路絡まった。いつ命の均衡が崩れるか知れないし、有り金でほしいものでも買ってしまおうか。

昨日かどこかでそれを一気に処理した。いつ血管や心臓が壊れるか分からず、疫病もあり、命を脅かすものは至るところにある。「八年後には貯金が尽きる」なんて計算しても、そんなものは頭の中にしか存在しない。だったらせめて味わっておきたい。

 

ふと記した短文。自分は小卒ですらない。小学校は数年でリタイアしたし、幼稚園ですら行き渋りがあった。その代わりに身体はダメージを引き受け、世の中へのメッセージを生んでいる。ドクターは働けないと証明してくれるし、最悪それで生きていけるはず。もう頑張らなくても良いでしょう。誰かそう言っておくれよ。

ノート術の本を読み、ふと使っていたノートを開いたところ、今と変わらぬ不定愁訴の記録があった。何も変わっていなくて無情。本当に何も変わらない。更にここから落ちることだってあり得る。その不定愁訴の情報収集もしていない。それをしていないから治まらないのか、治まっていないから励めないのか。

 

色々な書籍・発言を読んでいるけれど、全く稼ぎにはなっていない。その種にはなるだろうけれど、また別の活動が必要だ。それにようやく気付いた気がする。

泥臭くても良いから何でも始めてみようか。既存の収益システムに則って稼ぐこと。何でも良いからコンテンツを作る。そのためのスキルを身に付けること。それが手っ取り早い。そこから読書でフックの種を生めば良い。

8月11日(木)

今日も目覚めが良く、胃もクリーンで動いている感じがした。食前の漢方を恐る恐る飲むも、ほぼ不快にならない。水を勢い良く飲むのがいけないのか?でも、飲むというのはそんなものだ。

朝食ではバナナとヨーグルトを収められる。これが今のベストか。腹八分で収められたらすぐ空腹になる。それを継続するのがとにかく必須。それさえあれば調子は維持できる。

 

昼食では久しぶりに良い感覚があった。食前の状態はそれなりで、控えめの規定量で一膳を抑える。ゆっくりと食べ進め、早期膨満はほぼなかった。

ぐだぐだと何口か余分に摂ったりせず、ちょうど良い腹九部で収めること。そこから胃の不快感は少なく、スポドリ以上のものを収められそうだった。この摂取が出来れば調子は落ち着く。

 

計測ではわずかに減少。少しは上向くかと思ったものの、腰回りはまだまだだった。腹の膨らみも悪かったし、まだ回復途中か。

いや、フラットに持久力を上げていく間が皆無だ。日中や入浴中の体力は問題なかったものの、腰回りの気持ち悪さを感じる。

夕食は状態が微妙で、また満腹になってしまった。ヤクルトを一気に飲んだのが引っ掛かるところ。少し早期膨満もあったのか、用意した量を収められなさそうな感じがあった。それでも、ぎりぎり満腹になれば収められる感じ。調子を戻したくあったし、その満腹に達してしまう。

呆れ笑いをしてしまうというか、異常で病的なのを理解してもらえないだろう。でも、そんな調子が常だから仕方ないか。それで生存が危ぶまれるのは看過できないけれど、他に成す術がない。学んでもどうしようもないし、頓服を常用するなりもない。本当に切羽詰まっているのは今なのか?

 

胃がフラットなのに食欲がなく、それで満腹になってしまったりする。かといって状態が良くても漢方で荒れたりする。食欲不振、早期膨満、病的な満腹。これがほぼ常にたたっている。

以前はその頻度が少なかったし、あっても許容範囲に収まった。以前もそんな調子だったのだけれど、もう少し摂ることが出来ていたか。そして快い満腹も定期的にあり、たまに体重が突き抜ける。

 

どれだけ意識しても変えられないし、今の知識だと太刀打ちできないか。この世界に答えがありそうだけれど、未だに辿り着いていない。いや、もう到達しているのかもしれない。捉え直しが核心を突いているのなら、このまま時機が来るのを待つしかない。

勉強と行動しかないのだろう。奇しくも自活にもそんな壁がある。しっかりと学び、ためらわず行動を選択しないと何も変わらない。それは分かっているけれど、何とも出来ません。このまま詩人のように魂を燃やせば良いのか。それも面白そうだけれど、惨めに朽ちて果ててしまうのだろう。それはすぐ来るかもしれないけれど、何も準備が出来ていない。

8月12日(金)

今朝の胃はフラットで、バナナも全て収められる。ただ、それでも腹に溜まる感じがあった。バナナが身体に合わない可能性もあるか。

その後は便通が来ず、水やらスポドリをいつもより飲む。そこまでむかつかなかったものの、昼までに爽快にならなかった。空腹にはっていたものの、そこで何か摂れる感じはない。それが痛手なのだろう。

 

昼食前は水分で爽快でなかったし、食べ進めるなかでいきなり満腹を感じた。そこから何口か最低限度まで収めるものの、今度はそのせいで間食を摂れない。

昼食分を取り返せないということ。腹も不快で肉が絞れていく。考えれば考えるほど追い詰められる。どんな対策も虚しい。どんどん身体が骨張る。

 

腰回りの肉が明らかになくなっている。午前の食間時に腹を触って分かった。最近はその時間の感覚として、あばらが浮き出ているような感じがする。それが気持ち悪く、体力を維持するのがぎりぎりなところ。

身体に悪いと思ってやめたパン食を戻すべきか。それすら収められなかったら問題でも、改善の余地はあるか。やるなら早めにやっておきたい。

 

昼食では嫌な満腹になり、そこから強引にヤクルトを飲んだものの、その後すぐ空腹になった。胃がフラットなのが分かって、何か食べた方が良いと感じる。

それで夕食までかなり時間が空いたものの、夕食はここ最近でもっとも良く摂れる。そしてそれだけで下腹部が膨らんだ。計測では減少していなかった。

こういう時がやってくるのもしばしば。そうなると楽観が大切だと知る。不定愁訴は時の運に変動する。過度に無理をしなければ良い。それをは抑えられているはず。だから程よい腹八分で収め、食間に飲み物くらいを摂る。腹八分だと食間に余裕が湧く。そうすることで総摂取カロリーを底上げできる。