欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

8月17日~19日 寸での際 微かな兆し

8月17日(水)

朝は目覚めが悪く、かつ胃の状態も悪かった。夕べの入浴後にヤクルトを飲み、その後にチョコも摂ったのがいけなかった。「空腹の時間が長いだろうから、少しでも摂っておこう」という算段が大外れ。眠るまでに胃が収まらなかった。

それで案の定、漢方後の状態が悪い。無理をするのがいけないのか、食欲がないのがいけないのか。既に胃の状態が悪いなか、直近と同じ量を収める。それだけで打撃となった。

昼食も駄目なのが分かる。ヨーグルトとヤクルトで収めるのが最善だったか。いや、夕べの摂取がたたるのが腹立たしい。どうすれば良かったのか。胃の状態の感じは区分できるだろうから、それを踏まえて摂取量を規定するのが良いか。

 

昼食では気分的な食欲はあり、美味しく頂けたのだけれど、負債がたたって胃が膨らまない。無理をすれば嘔吐を催すような感じ。それでもぎりぎりを収める。

その後の収まりは微妙だったものの、すぐ空腹になった気がする。それでも不快感は拭えない。そのなかで、少しは摂ろうとプロテインのジュースを飲む。それがまた溜まった感じがしたけれど、そこまででなかったのは僥倖か。

 

計測では寸でのところで大台割りを回避。夕食では食欲があったのが幸いした。大台を維持ないと見込んでいたものの、たまたま快く収められる。

でも、じりじりと水準が落ちている。美味しく頂ける時が少ない。早期膨満がなく、かつ収まりも良いような時。何とか上向かせたいものの、前回の診察後ですらブーストしなかった。

 

あまりネガティブでいないようにしたい。考えれば考えるほど悪化しそう。深く考えてしまう程、それによって自分のネガティブな声を聴いてしまう。『敏感すぎるあなたへ』にあるトレーニングでは、まず「これから元気になるのが楽しみだ」と念じる。確かにそれをすると少し元気になる。

その『敏感すぎるあなたへ』から学びを引いてみよう。

心の叫びを聞かないでいると、無意識は強硬手段に出ます。神経伝達物質を使って激しい身体反応を引き起こし、あることをやめるか、あるいはせめてそれについてじっくり考えるよう、あなたに迫るのです

『敏感すぎるあなたへ』P42

考えられるのは社会交流でも、胃腸の不調を発生させたら活動できないではないか?それに何の意味があるのか。こもっていれば生存が確かになるのか?そうなっていないではないか。

自分が誤った解釈をしているのか、それとも別の作用機序があるのか。ポリヴェーガル理論に絡めて理解したいところ。今までの知識を集結させ、一つの答えに辿り着きたい。

8月18日(木)

今朝の調子は予測通り良かった。流石に一昨日のような感じがあると負債になるか。夕べに満腹感の強度を感じ取れた結果。無理せずスポドリで収める理知の力。

食欲をしっかり見極めて摂り、腹に溜まってしまったら大人しくスポドリを飲む。食欲を感じ取れたら良いけれど、それが無理なら満腹感を感じること。

 

それでいて、計測ではほぼ増えていなかった。一日を通してよく摂れた感触でも、腰回りの厚さが変わっていない。夕食はそれなりの量を摂れるものの、下腹部の肉が未だ蓄積しない。

腰をくびれさせると左に胃が寄る。右側はアーチ状にくぼみが生まれる。入浴中も自然な状態の腹を見て触る。身体は飢餓状態の見た目でも、そこまで辛くはない。

 

昼食と夕食では一膳を収められた。そして昼食後には間食を摂れる。「それでも増えないのか」と思っているけれど、単に摂取量が少ないのだろう。朝食ではやはり適応弛緩がない。

不定愁訴があれば大台付近で停滞するものか。それがなくならないともっと肥えはしない。では無理をしなくても良いのでは?否、それが出来ないのがこの身体。夕食もまたぎりぎり収めてしまう。抑えてもヤクルトしか飲めないし、スポドリコースで満腹になってしまう。

 

診察までに回復は見込めないか。いや、その後もそうではある。先月がそうだったのだから、またそれが続くかもしれない。でも、ころっと上向いてくれるかもしれない。不安は的中するのか。

そもそも体重を測らなくても良い気がする。不定愁訴がある以上、意識が介入できる余地はない。そこで体重を意識してしまえば、ただコンプレックスが湧いてしまうだけだ。

 

思考のメモ。勉強が好きなら勉強でマネタイズすれば良いのか。それには何の価値があるのか?知識を活かして学びを勧める?誰かの代わりに勉強をし、何かの利を得る。消費、勉強、行動。それによって得たものを誰かに与える。

とにかく何でも良いから、学んで得たものを言葉にすること。意識的に感じ取り、「何故?」と内省して論理を展開する。それをどんどん公開すること。そこに何かの価値を感じてくれる人がいれば、そこで何かになるはず。それ試してみないと分からない。

 

今日は午前に思考が弾み、色々とアイディアが湧いた。新しいアウトプットの形が何個か浮かぶ。知識や経験をまとめた情報メディアと、気付きを格納する音声コンテンツ、日記と過去のエントリーの紐付け。

既にもう一つのブログでカテゴリーを作った。そこで完成した思考をまとめ、ここに記してきたエッセイと絡める。カテゴリーにするとかなり斬新で有益そうなものが生まれそうな予感。そこでのスタイルも浮かびつつある。

それとSNSも稼働させ、集客して収益を作る。書籍のアフィリエイト、有料の日記コラム、有料の音声、選書。もっとまともで有益なサイトを作れば、家族にも恥ずかしくないものになるはず。そうなれば堂々と自活が出来るだろう。

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8月19日(金)

今朝の調子は良い方か。目覚めはよくなかったものの、ここ直近は歯ぎしりがほぼない。口回りの筋肉のストレッチを検索して、一つ目のサイトのそれを試してみている。舌と上顎のストレッチ。それが効いていると思う。

胃の調子も良い。夕べは満腹になってしまったけれど、算段通り調子は戻っている。過度な無理がなければ、間食を摂れなくてもスポドリで収められる。

 

計測ではまたかろうじて大台を維持する。測り方によっては割れてもおかしくない。今日も夕食はよく摂れたと思ったけれど、下腹部が膨らまなかった。それは不運なのか他に原因があるのか。

何回も捉え直しているけれど、摂取の結果に違和感を持ってしまう。肥えない身体が恐ろしいのか、理知の弱さが恐ろしいのか。好調時の摂取量は忘れてしまう。そんなに食べられていないかと思ってしまう。

それでも理知に上がっているのは、不定愁訴がない時が少ないこと。食欲がないと腹はよく膨らまない。食欲があるなかで気持ち良く収めること。そうしないと栄養も吸収されない気がする。

 

朝食はよく摂れたと思う。少なくとも数日前よりはそうだ。パン食にしてからその変化は分かりやすい。今朝はそれが胃残りになってしまったものの、その後に回復している。

昼食ではその負債があったものの、最良量まではあと数口だったはず。そこから間食は摂れなかったものの、夕食ではここ直近でかなり良い方だった。

それは上向いている兆しではないか。なるべく理知的に把握すれば、摂取量は少しずつ上向いているはず。これからもう何日か負債を抱えなければ良い。それで胃に持久力がつくはず。

 

通院日までには間に合わないものの、その後のブーストは期待できるか。それで良いと思う。当日の朝はパンで満腹になるだろうから、行程の間の体力も維持できるはず。

ドクターからは体調を確認されるけれど、自分が管理できていれば問題はない。それを客観的に判断するまで。もう入院を煽られることもない。そこまで衰弱することもない。最悪は体重なんて測らなくても良い。ドクターに悪気もないし、とつとつと情報を共有すれば良い。