欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

8月26日~28日 不定愁訴による気遣い いかに食べすぎないか

8月26日(金)

今朝は目覚めが遅く、活動的になるまで時間がかかった。身体が疲れているような感じがして、そうなると食事も受け付けなくなるけれど、そこまで胃の状態は悪くなかった。

それで朝食は快く収められたものの、ぎりぎり満腹になってしまったか。その意識はあまりないものの、規定量に達しようとはしてしまった。それが大きいのだろう。満腹感は食後に遅れてくる。

食後に不快感はなかったものの、スポドリを飲みたくなる感じがない。いま思えば負債がたたっていたか。昼までに空腹感はあったものの、食欲が全く出ない。

それで昼食は規定量にぎりぎり達しない。そして間食を摂れず、負債がたたっている感じが強まった。午後はそんな嫌な感じがあるなかで過ごす。

 

アコファイドの服用を始め、万全の布陣が整った気でいたけれど、根本から治まるものではないか。摂取の大原則は崩せない。そして食間での食欲は変わらず、満腹がたたるとそれは効果が出ない。その現実はあるか。

 

今日の計測ではほぼ変わらず。夕食は快く摂れたものの、まだ腰回りに肉が付いていない。胃の膨らみはかなりあったけれど、下腹部の脂肪がまだない。

今日は昼食で摂取が滞ったけれど、その後に幸運にもスポドリで収められ、夕食は上手くいった。その胃の強さはありがたいけれど、トータルでそこまで摂れていないか。その現実はあるのだろう。

 

ふと知識をまとめたセンテンス。胃袋が食事を受け付けないのは、「消化の手間とエネルギーを費やしてはいけない」と身体が判断したため。それは脳のどこかか迷走神経の叡知だろう。

外敵に襲われるような状態か、不快な人間に苦しめらている時、それか孤独で社会交流をしていない時。すると「消化どころでない」と判断される。必要なのは、ストレスのない環境に変えること。そうしないと神経伝達物質が悪く働くし、迷走神経も機能しない。

8月27日(土)

今日は目覚めるのが遅く、かつ目覚めも悪かった。朝方に感情が高ぶる夢を見る。眠りの波長のタイミングなのか、それとも体温調節が出来ていなかったか。

そうなると本当に食事がストップする。今朝はそこまでだったものの、また食後に腹が空かない。昼は食べるもので失敗したけれど、そもそも食欲に難ありか。

 

朝食は上向いてきたものの、昼食でストップがかかっている。今日は用意したもので変な味がしたものの、別に戻したりした訳ではない。他のものでカバー出来なかったし、そもそも食欲が減退していた。

今朝は理知的に余裕を持たせたものの、それなのに食欲が湧かなかった。考えられるのはとにかく目覚めだ。不定愁訴と違うアクシデントは止めてほしい。何なんだ本当に。

 

散歩にも出られず、身体や胃が重い。胃も爽快になっていかない。ふと「敏感すぎるあなたへ」を読んで再読を始めた。このポジティブトレーニングはそこまで効いていないか。ポジティブになった気はするものの、心身症やパニックには干渉できなさそう。ただ、やり方にはよりそうだから、また試してみる価値はある。

 

今日の計測では減少。また大台ぎりぎりになってしまう。夕食はまた上手く摂れたものの、それだけではカバー出来ていない。

今日も「肥えるだろうな」という感触はなかった。目覚めによる失速と、抑えたにも関わらずの食欲。そして昼はぎりぎりまで収めてしまう。体力に余りはない。そして日常を楽しめない。

 

通院から少し経ったものの、右肩上がりでは推移していない。やはり服薬ではどうにも出来ないか。そうなればかなり窮じてしまう。

身体が「食事をしている場合でない」と判断してくれているのなら、服薬で神経伝達物質をいじるのはかえって逆効果では?より食欲や消化を落としてしまいそうな気もする。

実際に血圧を下げるとそうなるという。血圧が上がるのは正常な反応。何故ならストレス反応を起こしているから。ひたすら外からの干渉に抗うよう。そしてより血圧は上がる*1

 

胃腸に物を入れないとするのは、それによって外敵から逃げられるよう、身体を身軽にしておくもの。それが根本にある機序だろう。何らかの害意が近くにあるか、あるいは孤独を回避しようとしている。哺乳類は孤独に生き延びる体質ではない。

でも、食欲を減らすのは社会交流に繋がるのか?人間的な認識の次元から見るとそう思ってしまう。危機から逃げ延びる機序は解ったものの、そればかりを駆使されても困るところ。流石に食べられなさすぎはしないか。捕食動物なんて近くにはいないし、一人でも食欲がある人間はいる。

それはポジティブな回路が生まれたら変わるのか?あるいは別の情動が関わっているか。『敏感すぎるあなたへ』の一貫するメッセージとして、「意識よりも無意識が賢く、それは絶えず心の声として聴こえてくる」という理解がある。その声を無視していると、無意識は神経伝達物質を使って身体を病気にさせる。そしてストレスから離れさせ、何かを深く考えさせたり、何かを変えさせようとする*2

ストレスの原理からしてみれば、残されているのは閉ざされた社会交流によるもの。外敵によるリスクに対応し、消化を遅らせつつ、社会交流をさせようと変化を促している。それを愚かな意識は感じていて、もちろんそれを切に願っている。

 

唯一ポジティブに考えるとすれば、これも『敏感すぎるあなたへ』にあるメッセージで、「無意識の反応は正常であり、それは身体を守るためのもの」というものがある。

そう考えると、「食べすぎて身重になるのを回避させてくれる」とも捉えられる。そうなれば、ひたすら肥えようとするのは意識の誤りだ。とてもとても愚かなものだろう。

つまり、食べすぎてきつくなる方こそ問題だ。食べられないのは問題でない。それは相応しく正常な反応である。食べられない時は食べられなくて良い。何故なら身動きが鈍重になるから。そしてそこで無理をすればより後を引く。

 

あまりにも摂れなくなれば問題でも、そこまでに達しないのは正常な証か。消化に良い便利な食べ物を摂れば良い。それによってリズムを持ち直していく。その恩恵を受けるのが回復の一歩目か。

8月28日(日)

今朝も昨日と同じように起きれなかった。一度いつもより早く目覚めたものの、その後に二度寝してしまう。十時間も寝たくないし、一日が短くなってしまう。

そして案の定、朝食ではたくさん摂れそうにない。前夜の理解を浮かべ、かなり抑えて収めたものの、その後に全く腹が空かない。本当に何故なのか。パンが原因でなかった訳か。スポドリは飲めたものの、とにかく食欲だ。

 

昼食も抑えようかと思ったものの、想定されるその量を認可できなかった。それでぎりぎりまで収めてしまう。ぎりぎり収めた気はしないものの、これまた昨日と同じで満腹感が強い。

明確に抑えれば良かったのか?すると夕食で補える?食べられないのは身体の優しさ?そのはずでも、程よく収めたつもりがたたってしまう。嗚呼、何でこんなことになるのか。

 

今日の計測では大台を割ってしまう。今日も流石に肥えることはない摂取だった。朝から全ての摂取が滞る。入浴では身体が細くなった感じがした。

昨日からじり貧の様相だ。今日は昼食後の満腹感がきつかった。それが夕方までに収まらず、夕食は半膳しか摂れない。そう考えれば、大台から百グラムの減は良い方か。

 

全く散歩にも出られていない。買い物には行っているものの、見慣れた景色を体感してはいない。ここにきて更に落ち込んでしまうのか?

なるべくポジティブにはいたい。こう考えてしまえば、聴力によって脳の回路が生まれる。それが更にストレスを生むのかもしれない。

食べられないというのは、無意識による正常な気遣い。そこで無理さえしなければ良い。それが今日の摂取だったろうけれど、夕食は明確に抑えを効かせた。明日からの摂るものも気を付けようと固めた。

どうせ不定愁訴なんて架空のもの。脳か自律神経があえて生じさせている。その恩恵に預かるというのは、無理をしないこと。それで身体を安全にし、そこから変えたいものを変えれば良い。

とにかく「いかに食べすぎないか」が鍵になるだろう。そのための頭の回路を作りたい。だからネガティブに考えるのも程々にだ。せめて無意識の声をよく聴き、無理をしないこと。それがやがて調子を作るだろう。だから「食べさせてくれなくて有り難う、身体」と言うこと。

 

参考文献

*1:「敏感すぎるあなたへ」P51~

*2:「敏感すぎるあなたへ」P47~