欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

9月4日~6日 運動と日光 喉元過ぎる頃

9月4日(日)

今日の計測では増えていた。一日で大台ちょうどに復活する。ただ無理せず食事を摂れば良いのか。そんな体感がある。孤独によるストレスの限度はあれど、無理がなければ調子は維持される。

体調コンプレックスの方が根深いのか?この町での生き方は決めたものの、それではあまり効果がないか。不調コンプレックスの領域を抜けたい。死が近い感じがなく、親からも干渉されずに済むような水準。

 

今朝は早く目覚めるも、眠気があって二度寝してしまう。そして朝方にありありとした夢を三つ見る。それで歯ぎしりもしていて、やはり不安が強いとそうなる。

夕べは不安があり、入浴後にアイスを摂ったため、胃に負債があった。それはそこまできつくなかったものの、寝坊によって状態が確定する。

朝は細いパン一本とミニヨーグルト。その後に更にスポーツドリンクで収めると、昼には空腹になってくれた。きちんと負債を受け止めたのは学習の効果。

 

昼食までにきつさを感じたものの、昼食はそれなりに摂れる。ただ、胃が小さくなったところ。またこれから調子を戻さないといけない。

昼食は満腹に近かったものの、間食でヤクルトを飲める。その後も空腹になり、夕食では食欲があった方。そして計測では大台を取り戻す。

食事をしてもきつくならない時はある。それがずっと続いてくれたら良い。でも、それは身体の疾患のせいではないし、自分が無理をしなければ良いだけ。ただ、それは痛い目を見ても変わらない。

 

今日は秋の陽気だったか。散歩へ出たくなったものの、それが買い物の時間と被ったりした。明日も気持ちが向けば歩いた方が良い。

以前に見たある女性クリエイターの動画を思い出した。それは「体重が四十キロを切りました」という報告だった。それにたしか医療従事者がコメントしていて、「食事をきちんと摂りつつ、まず少し歩きましょう。少しでも日光を浴びましょう」とアドバイスしていた。そのコメントは確認できなかったものの、それで合っていると思う。

身体は動けば動くほど楽になり、それはこれまでで証明されている。主に天候のせいで歩かないと駄目になる。振り返ればそう学べるはずだ。秋なのだから好機。

 

それともっと栄養補助食品を用意したい。今日の買い物で見かけたのは、栄養補助飲料のアイスクリーム版だった。それは胃がきつい時に最適に思えた。

そういうので工夫を図りたい。そんなアイス、ドリンク、ヨーグルト、プロテイン、そういうので良い。そうやって抑えるのが肝心で、すると逆の複利で食べられるようになる。調子が整った後も摂って良いし、良いことずくめだろう。

9月5日(月)

今朝は二度寝をするも、早くに目覚めたから寝過ごさずに済む。腹は夕べに推測した通りの調子で、フラットで快適。朝食はするすると収められたけれど、パン一本とプラス一口で止める。

そこからすぐ快適になり、体力も満ちる。それで久し振りに川縁を歩いてみた。ただ、その後の昼では早期膨満がする。咀嚼が丁寧でなかった気がするものの、口内でどろどろにはなっている。

 

今日の計測では微減。大台を百グラムで割る。それも仕方ないだろう。昼は早期膨満がきつく、夕は食欲が弱い。昼の間食は摂れず、それでいてその後の空腹感は弱かった。ならば百グラムの減で済んで良かったか。

でも、父親が発熱外来を受診し、陽性判定を受ける。この身体で果たして耐えられるのか?今のところ自分は全くの無症状。

風邪にうなされる体力があるのか否か。父親の初動の対応が遅かったから、もう曝露していてもおかしくない。発症するなら数日のことか。

「いつ誰が罹ってもおかしくない」と言いつつ、それは万全の対策をした人が唱えられるもの。何を学んで何を信じていたか。伝播性と感染性は違うとのことで、必ず罹る訳ではないだろうけれど、居間で過ごしたりはした。

 

でも、全く感染をしない生活は何なのか。仕事場にも出向かず、生身の触れ合いは家族だけ。それは果たして幸せなのか?そうリスクを減らしてもQOLは下がる。

それにしても酷い世界だ。ワクチンがあったのは良いけれど、どれだけの人が不幸せになっただろう。何というサバイバルの世界か。かつてもそんな時代があっただろうし、十分に恵まれてはいるだろうけれど、最悪の時代に思える。

真っ白な身体を維持したいのが本音だ。ワクチンが入るかウイルスが入るか。そのどちらかは経ないといけないだろう。ウイルスはどんな経過を辿るのか。そろそろ大方が上の二つを経るだろうから、より毒性が低くなるのではないか。一方で感染性が高まれば、また皆が曝露されるのもあるか。そのようになれば結果よし?

 

今朝は陽性判定が出る前に歩きに出た。ただ、明日からは控えた方が良さそう。無症状ではあるのだから、療養しておいた方が良い。いつ症状が出るか分からない。

9月6日(火)

今朝はこの間のように夢を見た。ありありとした夢で、母が誰かと自分の話をしている。自分のラベルについてであり、それは明確な誤解。それを語気を強めて訂正するも、なかなか伝わらなくて怒りが爆発する。

その瞬間に現実の肉体も叫んでいた。それで目が覚める。体勢がきつかったのもあるのか、歯ぎしりもしていた感じで、もう身体に応えた。明け方くらいにそれがあり、目覚めの時間が遅かった。

そうなるとほぼ体調が悪い。夕べは最良で収められず、寝る前のヤクルトもぎりぎりだった。でも、スポドリで収めると空腹が強くなる。もうどうすれば良いか分からない。

ウイルス性なのか身体がきつい。寝すぎたのかもしれないし、そうでないのかもしれない。朝食は本当に最低限度であり、これでは先が思いやられる。

何で食欲が出てくれないのか。もはやストレス反応なのかも分からず、食べすぎなのかも分からない。何が始まりなのだろうか。もう滅茶苦茶だ。

 

今日の計測では微増。尿量の誤差はあったけれど、下腹部の厚さは変わっていた。少し増量はしているはず。でも、摂取量はまだまだだ。極端に摂れない訳ではないけれど、まだ一膳を食べきれない。危険も何もないけれど、危うさはある。

昼はゆっくり食べたお陰か、程よく満腹になる。その程度によって早めの空腹となり、ヤクルトを飲む。その後もまた空腹になり、夕食でもそれなりの状態がある。ただ、胃の持久力は落ちていて、ぐんと腹が膨らまない。

この晩の時点で症状はなし。随分と窮屈な日常だ。体調が良くても歩きに出られない。ましてや不定愁訴もあるのだし、身体が鈍って腐りそうだ。画面を見るばかりで応える。理想の日々からどんどん遠ざかる。

 

ある動画で二十代の若者がドライブをしているのを見た。複数人のグループが車中で談笑している。その何気なさが羨ましかった。そういうのが一番良い。

そういう体験をしないと「哀れな人生だった」と振り返りそう。それが本当に悔やまれる。病人の障害者には到底得られないものだけれど、それを最近ひしひしと感じる。時は取り戻せるのだろうか。

 

新しいブログ(=Webメディア)を運営しようと考えるものの、それになかなか手が出ない。そもそもこのブログも面倒に思っている。

意見を持つのは好きな方だけれど、読書感想文は分からない。感じたものを筋道立てて考え、一つのまとまりにする。それを意識的にするのが面倒だ。

これから何かで大成できるのだろうか。もうコンテンツを作るしかないと思っているものの、それで課金してもらっている姿が見えない。

 

読書にも身が入らなくなってきたか。セルフフィードバックの勉強は必須でも、ビジネスや自己啓発を読んでも仕方がない。自分の実践が最も役に立つ。自分がものを知り、そうやって教える側に立てば良い。

勉強の書籍代は高いし、自己啓発は役に立たない。だったら実践あるのみだけれど、その意欲がない。何も伝えたくないのだろう。

新しいメディアを作りたいし、お金を稼ぐ実践をしたい。でも、全くもって気持ちが動かない。何の矛盾なのかも分からない。

 

勉強の復習と論理訓練。それとブログの再構築。それを楽しみたいけれど、意欲が湧かない。それで刺激的な動画を閲覧するも、そこには過ごし得ない日常がある。酷い世界だ。

いつか理想を叶えられるのだろうか。『敏感すぎるあなたへ』によれば、ポジティブに考えることで脳にポジティブな回路が出来るよう。「不安が起こる不安」を生み出せるくらいだから、現実的でポジティブな理想を考えると、それを叶えるために脳が働くそう。

ただ、『敏感すぎるあなたへ』の再読も意欲が出ない。脳がポジティブになっている気もしたけれど、直近はそれが薄れてきた。この感染騒ぎでもう癖がなくなったか。

 

時が経つと全ては忘れるのか?今はその最中だからそう思えない。でも、どれほど辛くても「喉元過ぎれば」ではあった。今回もそうなる保証はないけれど、とりあえずこう記したまで。ポジティブに考える訓練は価値がありそうだ。

 

参考文献