欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

9月25~27日 食欲不振の確かな原因

9月25日(日)

今日の計測では増加していた。昨日から三百グラムの増。大台まであと二百グラムだ。少しは下腹部に厚みがあったところ。

今日は三食を通してあまり食欲がなかったものの、無理がたたっている訳ではなかった。食前の不快感はないのだけれど、爽快感まではない感じ。それでいてよく摂れた方。

 

朝は食前のその感じを受け止められ、程よい満腹で収めたつもり。でも、パン一本と一口でも満腹になっていた。それでスポドリを飲む時間に空腹でない。ただ、昼は早期膨満がなく、今度こそ程よい満腹になったところ。

そこでスポドリで収めたため、夕方には空腹になる。ただ、またスポドリの飲みすぎはあったか。甘さが欲しかっただけだけれど、そういう時にごくごくのむといけない。それがなければ夕食はもっと快適だったか。

その夕食では少し食べすぎたけれど、過度ではない。スポドリで収めれば良いだろう。今朝に食べられなくても肥えたのだから、明日の朝も抑えれば良い。そして昼も抑えること。それで夕食もよく摂れ、計測では肥える。そこで満腹になったとしても、過度でなければスポドリで収められる。

 

今日は秋晴れで散歩に出掛ける。距離は伸ばさなかったけれど、図書館まで歩けそうな気がした。前日に肉が削げていたけれど、そんな調子になるのか。

まずは大台回復までじっくり取り組みたい。まだまだ胃は虚弱状態だから、明日から頑張らなくても良い。とにかく余裕をもって収めることで、単利か複利で摂取が増えるはず。まずはそれが大切。

9月26日(月)

今日の計測では減少。昨日から二百グラムの減。流石に自覚があり、今朝のパン一本と二口がここまで尾を引いた。そうなってしまう調子だと理解したのに、何度も何度も繰り返してしまう。昨日に捉え直したばかりだったのに。

今朝は寝坊があり、そこまでも腹も爽快でない。冷静に収めれば良かったのだけれど、夕べまで調子が良かったのが響いたか。不調コンプレックスが鎮まっても、すぐ逆が起こってしまう。

 

昼と夕では食前の状態が微妙で、存分に腹が膨らまなそうな感じがあっな。それで一膳を収めるのがぎりぎり。どちらも満腹に近いのも変わらずだ。

今晩のスポドリで負債を払いきりたい。でも、明日はしっかり収められたとしても、どうせ同じ轍を踏むのだろう。それはどうしようもない。死にたくないし、豊かに生きたいし、不調を悟られたくない。好調を誇示したい。そうしないとまともに生きていけない。

 

どれだけ調子が上向こうが、それが三日は続かないと駄目だろう。そうならないと胃の持久力はつかない。三食を快く摂り、それを連続すること。

今は胃が虚弱であり、状態が落ちている。負債を抱えない摂取が続かない限り、身体の栄養は満ちず、ストレスもなくならない。今は認識が歪んでいるだけで、摂取量は落ちている。少しでも無理をすれば負債になるから、丁重な摂取を続けないといけない。

9月27日(火)

今日の計測では微増していた。下腹部もわずかに膨らんだような所見。ただ、腰を括れさせればまだえぐれるし、はっきり調子が戻った訳ではない。ここからがようやく始まりといったところ。

 

朝は起きた時にあまり食欲がなかったものの、漢方後の不快感がほぼなかった。それで珍しくよく食べられそうな気がする。ただ、流石に怖くなり、パンは一本と一口で抑える。一本では満足できない感じがあったものの、そこで抑えられたのは良かった。

朝食後はそこまで爽快でなかったものの、早めに空腹になっていたか。パンは一本で抑えるのが安定でも、その後に負債がたたった訳ではない。だから問題なかったはず。

 

昼もそこまで食欲がなかったものの、ここ最近の規定量は摂れる。一膳と小鉢分のおかず、それと味噌汁を幾ばくか。そこでもまだ早い満腹があったか。早期膨満なのかもしれないけれど、単純な満腹感である感じだ。単純に満腹の限度が低い。

ただ、その後はスポドリで収められる。それで夕方には明確な空腹になり、夕食の一時間も前には食欲が出てくる。これは久し振りで、漢方を飲んでもいつもより早く食べたくなる。それで美味しく規定量を収められる。そこでまた抑えられたのも良い。

 

まだ摂取量は落ち込んでいる。でも、満腹による負債がたたらなければ、それだけで爽快に収められる。食欲も湧いてくるし、早期膨満もなくなる。

それが本当のものになれば、食間の間に腹が減って仕方なくなるはず。そしてそれまでの食欲のなさが病的に思える。一食で大食することがなければ、きちんと空きっ腹の時に腹が空く。それが健全だろう。

 

今は胃が弱っているし、それによって栄養状態も悪い。だから大食をすればそれもストレスとなる。まずは満腹を避け、胃をフラットにする。そこからが始まりで、まだより食べてはいけない。徐々に徐々に栄養状態を良くし、胃を強くすること。そうして軌道に乗らないといけない。

夕食をよく摂れたことの安堵を懲らしめたいところ。明日もまたよりよく食べてしまいそうだ。すぐに調子を底上げしようとする癖。とにかく朝の摂取は落とし、昼もなるべく落として、夕も落とす。ああそうだった、食べすぎて良い時などない。

 

今日は歩くことがなかったけれど、食欲には全く影響がない。かえってよく食べられたくらいだ。それに恨みはないけれど、時と場合によるだろう。運動にはストレス低減の効果があれど、今はその段階のストレス解消が相応しくない。

まず胃の負債と栄養状態を整えること。そこで身体に力が満ちた時、運動による効果があるはず。胃がフラットであれば、散歩によって腹が空く。力の充満でストレスになるのは社会交流のなさだ。それは身体が満ちて生まれるフラストレーションで、そこを運動による効果でかき消したい。

かつては散歩の効果があったのではなく、散歩へ出られる調子だからより軌道に乗ったのか。まずは意識による意識の暴走の制御をし、胃をフラットに保たないといけない。そこから徐々に調子を取り戻し、そこで回復すれば運動の効果を見込めるはず。