欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

9月30~10月1日 一膳の量 一汁一菜のはやり

9月30日(金)

今日の計測では増えていた。昼にまたも満腹になってしまい、それで夕はかなり一膳を抑えたものの、それなりに増えている。昼の分が腹に溜まっていたのか、夕食の抑えが快かったのか。

 

今朝の胃に不快感はほぼなし。食前の漢方後も悪くない。それでするすると摂り進められ、パン一本と二口で収める。そこで止められたのは良かった。それが満腹になっていなかったのか、昼までにスポドリを飲める。

昼は食欲もあり、早期膨満がなかった。その前に歩いたのが効いたのか?久し振りに幼稚園の手前まで歩く。そこで怖くなったため、そこで引き返した。食間の長さを感じられる。

そこで結果的には食べすぎたものの、食欲の範囲内ではあったか。なるべく摂ろうとしていたのは覚えているけれど、無理の範囲だったかは分からない。ただ、今の胃の状態ではそれが応える。無理は禁物なところ。

 

夕方まで昼の不快感は続いたものの、空腹にはなっていたはず。その後の漢方が効いたのか、不快感をあまり感じず夕食を摂れる。一膳は少し控え目にしたものの、食卓の上に置けば十分な量に思えた。立って炊飯器からよそうと少なく見える。

それでおかずの肉も少なめで、味噌汁はつまむ程度。それで腹が膨らんだ感じはしなかったものの、きつさがほぼない。その効果で肥えたのだと思う。無理さえなければ結果は伴う。

「今日くらいの一膳で良いのか」と思いつつある。そうしたら胃が弱くなりそうだけれど、結局は運か満腹の程度だろう。摂取量より食後の快さ。それさえあれば幸せにもなるだろう。力も満ちるはず。

10月30日(土)

今日の計測では変わりなし。昨日から減ることはなかった。今日は三食を通じてそこまで悪くない。昼に少し食べすぎの感はあったものの、その後にスポドリで収められる程度。そこで食欲が湧いたため、総合して良かった方か。

 

朝は目覚めが良かったもののの二度寝をしてしまう。早朝に新聞配達で起こされるのはうんざりするも、耳栓を買うまでに至っていない。有り金は本に回すのが第一。どうすれば良いものか。家族が一階のトイレへ降りるのも部屋まで響く。そこの改善だけでかなり生活は良くなるか。

それでいて歯ぎしりはない。胃の状態や栄養不良があるといけないものの、寝る前のストレッチが奏功しているよう。

そして今朝は珍しく空腹感がある。寝るまでに空腹だった訳ではないものの、その良くも悪くも内的な刺激を感じる。それで寝坊したものの、状態は良い。パン一本と二口を摂れるこの頃。

 

そこから読書をして散歩。今日も図書館まで行けそうな感じがして、そこを目指して幼稚園の前まで通る。だけれども、少し暑さがあり、身体もそこまで自信が伴わない。それで無理せずに引き返す。結果的にその内部信号は正しいもので、帰宅してから少し疲労する。

昼は少し満腹になってしまうも、過度なそれにはならない。ここ直近の失敗として、「もう少し摂っておきたい」というはやりがきつさの原因だった。その反省がよぎり、それが少し遅かったものの、最悪には至らなかった。

 

夕では一膳の量を抑えられる。食べ始めると量が多いかと思ったものの、食前の状態で補える。それでいて全て抑えても余裕があり、味噌汁をいつもより摂れる。これはご飯の余裕によるか。

計測で増えはしなかったものの、調子が落ちなかったのは良い。大台の手前を維持できるのも遠ざかっていた。これからも一膳を抑え、余分なはやりも抑えること。それで自然と落ち着いてくるだろう。

最近は一汁一菜を収められないのが気がかり。そこに何とか達したいがためのはやりだ。胃の持久力がそこまで上向けば、気持ちも落ち着いてくるのではないか。一膳とおかずと味噌汁はしっかり摂ること。そこにだけは達したい。すると体重も伴い、運動によるストレス低減の段に進める。