欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

10月16~17日 腸内細菌による代謝

10月16日(日)

今日は特に体調を記したくなかった。かといって、変わらず最高に調子がよいわけでもない。

朝は散歩に出たくなったものの、力が満ちていなくてすぐ折り返す。昼では早い満腹があり、間食を摂れない。夕食はよく摂れたものの、食後に薬を飲むと少し気分が悪くなる。ただ、体重は思ったより増えている。何なのだろう。

やはり食間に腹が空かないし、そこでガス欠を起こしてしまう。そのときは強度をもって身体を動かせない。以前はそれでも耐えられていたし、それが今の調子の限度だろう。

 

散歩後には胸の違和感のようなものがあったし、余裕はないか。明日が通院日なのだけれど、何も進展はなさそう。薬にも期待していない。化学物質はかえって逆効果すらあり得るし、もうなんともならなさそう。

ストレスをなくして食生活を変える。それが脳腸相関の本から読み取れる。単純に社会交流のなさがストレスであり、それが慢性的に続いているため、ストレスに過敏反応しているのではないか。

あるいは腸内細菌まで狂ってしまったため、滅茶苦茶なシグナルが出ているかだ。何が始まりかは分からないものの、ストレスと神経伝達物質が鍵のはず。大本のストレスと脳腸相関。

10月17日(月)

今日は午前に診察を終えたものの、帰宅して昼食を食べすぎる。そして案の定、夕食にも影響してしまう。それを少量で済ませ、嫌な気分で意欲なく記している。

診察でも案の定、何も得られなかった。それどころか五分診察が極まる。体力の状態も怖くなってきたし、もうよく分からない。何なんだこの人生は。

 

誰が読んでくれるのか分からないけれど、感情を吐露するのは面白くなってきたか。自分のコアな部分を表現すればするほど、同じコアな魂に響くかもしれない。

もうそれくらいしかないだろう。全てに何の意味があるのかと思うし、やはり世界は生き物を幸せにするものでないか。全ては正しいのか?

 

診察の最初の質問で、最近の調子を答える。「極端に悪くはないけれど、もちろん良くもない」。それで体重を答えると、「大台は維持した方が良い」とのこと。それはもちろんその通り。

更に先月と変わらず「食間で腹が空かない。それは無理か不定愁訴のせいなのか」と答えるも、「生き物は冬にかけて肥えるのに」という返答がある。

そこで自分は「春に肥える傾向はあり、神経伝達物質や自律神経がおかしくなっている線を考えている」と打ち明けるも、もうそこでの返答を覚えていない。そこからアコファイドについて検討され、ドクターがおもむろにスマホで調べると、「食後ではなく食前に飲む薬だった」と言われる。

嗚呼、せめて消化器科に罹るべきか。それを問いかけもしなかった薬剤師。もう滅茶苦茶だ。まともに知性がある人間はいないのか。もうそんな従事者はこりごりだ。そんな人間とは一秒も関わりたくない。本当に下らない。自分たちの行いの根底を考えようよ。薬について考えようよ。治療を何だと思っているの?

 

負債がたたっていたのかいないのか、朝食はパン一本と一口。それで抑えられたはずでも、出発までの収まりが悪い。せめてものスポドリも摂れない。それでいて、出発して少しすると空きっ腹になる。

そこから行程で無補給が続く。ようやく帰宅して昼食を摂るも、用意した量が中途半端だった。あれは少なかったのか多かったのか。結局は食べすぎになってしまう。

 

昼食の時間が遅くなったし、満腹を避けようと意識していたのにも関わらず、気が付けば意識から飛んでいる。食後の気持ち悪い腹とげっぷ。夕食では無理できなかったし、風呂にも入らない方が良い。

どうにも食間のガス欠の感が強まった気がする。三食で摂れる量が少ないため、それを何回かに引き伸ばせもしない。だから飲みたい栄養のジュースも摂れない。鉄分もタンパク質もヨーグルトも、野菜ジュースも何もかも。ここからなんともならないのではないか。

 

『脳腸相関-』は専門家へ向けた内容に思えてきたし、異常がどんどん列挙されていて萎えた。それでいて不定愁訴の原因が釈然としない。効果的な改善方法は記されているのか?

一つ思い当たる節があるとすれば、摂取が応えないように同じものばかりを摂っている。そうすると腸内細菌による代謝が狂うよう。でも、一般的に胃へ負荷がかかるものは控えるべき。摂取が滅茶苦茶だから滅茶苦茶なのか、ストレスで滅茶苦茶だから摂取が滅茶苦茶なのか。

 

参考文献