欠乏の機能性ブログ

日々の上腹部不定愁訴と気付き その思考

10月28~30日 直視すべき問題 程よい塩梅

10月28日(金)

今日の計測では微減。ただ、尿量的にみればほぼ変わらないだろう。腹の左は膨らんでいるけれど、右側はすかすか。

今日は調子を取り戻し、最近のレベルまで戻ったところ。ただ、間食は何も摂れていない。それでいて一膳はしっかり摂れている。でも、それなのに全く肥えない。摂取が落ちるのは仕方なくても、栄養の吸収が明らかに悪い。

 

昨日から胸の不快感は減っていて、最近は歯ぎしりも落ち着いている。ただ、依然として調子は上向かない。

いや、やはりこれは正常なストレス反応なのか。だから検査しても異常が見つからない。直視すべき問題があり、それを意識的に解決していないから症状が出る。その症状は病気でも、ストレス反応は正常。

生活の状態が悪くなっているはずで、それが哺乳類としての生存確率を下げている。だから自然な反応を起きていて、生き残ろうと懸命になっている。それが正常なストレス反応。そこを抗うのは本質的でない。意識はいつも愚かだけれど、それが賢明に変われば変わる。

 

まず自責を止め、これ以上の無理をしないこと。そして変えるべきものを変える。食欲が出ないのは仕方ないし、摂取の吸収が悪いのも仕方ない。

まず無理をしないことだし、端的に言って、心に栄養が必要。それだけなのだけれど、どうにかならないものか。本当に助けがないのか、その情報もないのか。それがあるのに朽ち果てても悲しい。

ただ、何かを選択できなくても仕方ない。それが自然と出来るならこうなっていない。こればかりは運が関わっているか。何か幸運の女神でも降り下りてくれないか。そのために出来ることはしたいけれど、その切っ掛けや種すらない。この町も体力もだ。

10月30日(日)

今朝は目覚めると胃がぶよぶよな感じがあった。それで早く物を摂りたかったけれど、漢方を飲むとブレーキになってしまう。それでパン一本が限界。最後の一口では気分が悪くなりかける。夕べは無理をしていないはずなのに、どうしてこうなるのか。逆にもっと摂った方が良かったか?

午前は晴れたから散歩に出たものの、強度がなさすぎてきつくなる。頻脈の不快感は消えたけれど、わずかに心拍が上がっただけできつくなる。その胸の危ない感じがして、かなり冷やひやした。

これはなかなかの状態。次の診察はどうなるかで、買い物へ遠出する予定も難しそう。不定愁訴で死ななくても危うい。

 

以前に切り抜いていた、胃がん手術後についての記事をまた見る。やはり胃が弱ければ何回かに分けて摂るべきか。 一食で大食しようとすると大概いけない。

三食のタイミングはそのままで、昼と夕の間食を摂りたい。ただ、朝の摂取が低調なため、どうしても午前の早い時間に空腹になってしまう。そこで軽く摂って昼夕をずらすか。

 

今日の計測では増加。まだまだ下腹部はえぐれるものの、今日は少し膨らみがあった。朝の散歩後にきつかったのを除けば、そこから落ち着いていた。昼に間食を摂れなかったものの、スポドリで余裕をもって収められ、夕食はよく摂れる。

この摂取で肥えたら有難い。それとも一食を抑えた方が良いのか否か。仮に抑えるとなると、一膳とおかずを減らさないといけない。今日も昼と夕では満腹に近くなっていて、その量に抑えるとなると不安に思ってしまう。いつも五口くらいは不快でも摂っててしまう。

不快感が出る前に抑えれば、そこからすぐに空腹となるはず。そこでまた間食を摂れば良い?一食で大食もできないのだし、不快感が出始めてすぐ抑えるのが良いか。間食後もすぐに空腹になるといけないから、程よい塩梅が一番良い。いや、これは何日か前にはっきり考えたことか。